源氏無用物語

【水鏡】 〜船穂池〜





 樹雷皇宮では今年も皐月の神事が執り行われた。
五月晴れの空の下、皇宮にある船穂池に神々への祭壇が設けられ、様々な奉納が始まっていた。
各地より送られてきた供物を捧げ、国家安泰の祈願の奉納の舞を舞う。
その中でも特に人目を引いたのはやはり天地の君の舞であった。


 天地の君は清音の中将とともに剣の舞を舞われた。
相方の清音の中将の舞も精練された美しい見事な舞であったが、天地の君は比べるべくもない。
樹雷皇家に伝わる古代の鎧を模した衣装を身にまとい、陽の光に輝く剣を携えたその姿はまさに天の女神に魅入られんばかりであった。


 この天地の君の舞を心乱しながら見守る一人の女性がいた。
 この神事を司っている津名魅の宮その人であった。

(ああ・・天地の君様・・・)

 このとき津名魅の宮の脳裏には天地の君との許されざる夜の記憶がまざまざと思い出されていた。
 強引に自分を引き寄せ、抱きしめたあの方の力強い腕、あの方の瞳、そして耳元に囁かれた甘い言葉・・・。
 そしていけないと知りつつも押さえきれない、身の焦がれるような衝動につき動かされ、自ら天地の君を招き、受け入れたあの日・・・。
 その記憶が津名魅の宮にとってどれほど甘美で苦しいものであるか。
 あの方は気づいておられるのだろうか・・・。
 津名魅の宮の心は想い乱れるばかりであった。


 人々に注目されながら舞を舞う天地の君の心にも嵐が逆巻いていた。

(津名魅様が御覧になられている・・・・・)

何百という観衆よりもただ一人の女性の眼差しが重く、大切に感じられる・・・。

(これほどまでに心が乱れるとは・・・なんと罪な方か・・・)

 なぜあの方は巫女なのか。
 なぜ一人の女性として愛してはいけないのか。天地の君の心の問いに答えてくれる神はいなかった。

(答えて下さる神がいるとすれば、それは私の心を奪った女神だけ・・・)

 天地の君は津名魅の宮がおられる御簾を仰ぎ見た。
 津名魅の宮は天地の君と目をあわせることができず、それでいて天地の君の晴れ姿を見ないのも耐え難いので、船穂池に映る天地の君の御姿を見つめた。


 ふいに天地の君の御姿がぼやけた。
 それは風で水面が乱れたためか、それともこぼれる涙のためであったか・・・・津名魅の宮にはわからなかった。




水鏡 みなもに映ゆる 舞姿 乱るるなかれ 我が心ほど





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