ああっ船穂さまっ





 ものの見事に水柱が上がった。
 これで通算4回目、これだけ続けば故意としか思えないのだが世の中には不思議なこともあるもので、全ては偶然の出来事なのである。
 瞬間に降り注いだ雨も上がって、柾木家の前にはくつろぐ観衆とただ一人苦虫をかみつぶしたような表情の樹雷皇の姿があった。

「天地兄ちゃんおつかれさまー!!」
「みゃあー!!」

 砂沙美と魎皇鬼に迎えられて天地が池から戻ってくる。さらにもう一人、同じく水滴を滴らせながら、

「すみませぇ〜ん、鷲羽さん、また修理していただきたいんですがぁ〜」

 と美星がこれまた前回、前々回、前々々回と似たり寄ったりなセリフを言って。10人と一匹は恒例となりつつある大宴会へと突入したのだった。










 夜も更けたが、宴会の方はますます絶好調でまるで終息する気配を見せない。ここまでは前3日間とほとんど同じ流れだったのだが、今日はひとつ異なることが起きた。

「船穂さま、一杯いかがですか〜?」

 美星が船穂に酒を進めたのである。
 ぴきっという謎の響きとともに、阿主沙、美砂樹、勝仁(遥照)の3人が固まった。

「み、美星ちゃん、お姉様はお酒はダメなの〜!」
「美星殿、は、母上は酒はダメなのですじゃ。」
「そ、そうなのだ。船穂は酒はダメでな。」

 異口同音、しかもなにやら妙に息のあった一声(三声?)である。

「そうなんですか〜?」

 あからさまに態度がおかしい三人の様子に全く気づかず、ただ残念そうな美星。船穂は困ったようにほほほと笑うばかりである。考えてみればここ数日の宴会で船穂は一度も酒を口にしていなかった。今まで誰も進めなかったのは船穂と遥照の親子水入らずの会話を邪魔してはいけないと皆が気を利かせたからだ。さすがにそろそろ積もる愚痴、もとい積もる話も一段落したかに見えていたのだが。

 そんなこともあったが宴会は続く。またもやいつもの流れで酔った魎呼と阿重霞が交戦準備に入った。激しい舌戦から皿や酒ビンが飛ぶ地対空モードに移行する。そんな娘の姿を阿主沙が黙って見ていられるはずもない。

「阿重霞、いい加減にせんか!!」

「あの〜、船穂さま?」

「お父様は黙っていて下さい!」

「はい?」

「阿重霞!!!」

「お酒が駄目ならこんなのはいかがでしょう?」

「へへ〜ん、お嬢ちゃん、パパが呼んでるぜ?」

「申し訳ありません。」

「お黙りなさい!」

「はい、どぉ〜ぞ!」

「パパのお膝にでも行ったら〜?」

「いただきます。」

「くぬぅ〜〜〜!!!」

「阿重・・・」



 阿主沙の堪忍袋の緒が切れようとしたそのとき!           

(あら・・・これ)

 くいくいっ。

(まあ・・・たまには)

「みゃあ〜」

(もう一杯くらい・・・)

「うっ・・・」


 瞳を潤ませた魎皇鬼(幼児モード)が阿主沙の袖を引っ張った。そしておもむろに糸巻きの歌を歌い始めたのだ。
 みな魎皇鬼の歌を静聴する。そして、歌い終わってぺこりと頭を下げる魎皇鬼に惜しみなく拍手するのだった。
 その中で一際高く鳴り響く拍手があった。全員がそちらを見る。そこにはにこにこと力一杯拍手する船穂の姿が。心なしか頬が赤い。

「お、お姉様、まさか・・・」

 阿主沙と遥照はその先の言葉を聞きたくなかったに違いない。

「酔ってる、の?」









 船穂は酔っていた。顔をほんのりと赤らめ、えもいわれぬ大人の色気をそこはかとなく辺りに漂わせている。

「美星ちゃん、おかわり〜 ヒック
「はい、ただいま〜 ニコニコ
「ば、馬鹿者!! なにをしておるのだおまえは!!」
「はい?」
「船穂は酒はダメだと言ったであろう!!」
「はい、ですからぁ〜」
「?」
「日本酒ではなくワインを持ってきましたぁ〜」

 阿主沙の顎ががくーんと落ちた。



 阿主沙は崩れる体を樹雷皇の意地と根性で支え、美星に向き直った。

「ワインも酒であろうが!!」
「父上、それよりも」

 そこへ遥照が口を挟んだ。

「もはや手遅れ、こうなれば取れる手段はひとつです。」
「む、確かに。」

 父と子、どうみても逆の関係にしか見えない二人であるが、互いにうなずき交わすと一目散に出口を目指した。
 が。

「あ な た 。 遥 照 。」

 低い声が響いて二人の足を縛った。
 振り向くと赤い顔の船穂が睨んでいた。凄まじいオーラは決して気のせいではない。

「ど・こ・へ・行・く・の・で・す?」

 二人の額から大量の汗が流れ落ちる。

「いや、どこって、その、なあ、遥照(汗)」
「そ、そう、つまみが足りなくなったので取ってこようかと(汗)」
「たった今、天地殿と砂沙美ちゃんが取りに行きましたが。」
「「なっ!!」」
((おのれ、逃げおったな天地め!!))

 そんな二人の考えを見透かしたように船穂の視線が飛来する。
 ギロリ!
 二人の耳には確かにそんな音が聞こえた。絶対に聞こえた。








 かくして、阿主沙と勝仁の脱出は失敗に終わった。観念してふと見回すと美砂樹、美星、魎皇鬼は相変らずだが鷲羽、魎呼、阿重霞の姿がない。

(はて・・・?)

 自分が逃げ出す前には確かに居たはずなのだが、などと勝仁が首をひねっていると。

「遥照」
「は、はい、母上!」
「戻りなさい。」
「は?」
「も・ど・り・な・さ・い。」
「は、ははうえ・・・(大汗)」



「なんか戻れっていってるけど樹雷に帰れってことか?」
「たぶんそうなんじゃないかしら。お兄様は船穂様の一人息子だし、お寂しかったのよ。」

 それは本当だが、ここでは船穂は遥照に『もとの姿にもどれ』と言っているのである。

「それにしてもなんてエネルギー値! この家どころか山ごとふっとぶよ!」

 キーボードを叩きながら鷲羽が言う。
 さて、この他人事モードに入っている3人はどこにいるのかというと、実はどこにも行っていない。宴会の広間からそのまま動かずにいるのである。ただし、船穂たちからは姿は見えない、声も聞こえない。鷲羽が特殊な一方通行の結界を張ったからだ。マジックミラーの音声対応、ステルス機能付きとでも言えばいいのだろうか。

「あいつも樹と契約してんのか?」
「船穂様に向ってあいつとはなんです!! 船穂様とお母様は同じ力を持つ第2世代の船をお持ちなのです。」
「それにしてもこの数値は凄すぎるね〜」

 鷲羽は楽しそうに笑った。









 遥照が船穂のヤリダマに上がっている時、阿主沙は美砂樹に耳打ちしていた。

(美砂樹、なんとかならんか?)
(お酒が抜けるまでどうしようもありませんわ。お姉様を怒らせたりしなければだいじょーぶでしょう?)
(なにを呑気なことをっ・・・!)

「あなたっ!」
「はっ、はい!」

 思わず姿勢を正してしまう樹雷皇。普段の夫婦生活が知れる。

「ちょっとお話があります。」
「う、うむ。なにかな?」

 にこやかに答える阿主沙。
 頬が引き攣っているように見えるのは気のせいだろうか。

「どうして、天地殿を認めてくださらないのです?」
「うっ! そ、それは、その・・・なんだ、わしとしても立場というか、プライドというものがだな、」
「地球人だから、ですか?」
「は?」
「天地殿が、地球人だから認めないのですか!?」
「いや、そういうわけでは・・・」
「やはりそうなのですねっ!!」

 船穂は阿主沙の話を聞いていなかった。

「思えば初めて阿主沙様とお会いした頃は『ただの』地球人だった私にあんなに優しくして下さったのに、それが今は優しい言葉のひとつもかけずに決闘、決闘、とまるでイジメのような有り様!」
「あ、あのな・・・」

 イジメられているのは対戦相手の方(天地のせいではないが)ではないか、とは口に出せない。

「天地殿は私にとってもひ孫だというのに・・・それをなんです? 開口一番、『わしの命に背き、地球人との間に出来た孫など知らん』? あなたの思いやりのない言葉が天地殿をどんなに傷つけたことか!」
「あ・・・う・・・」
「やはり・・・私を樹雷に連れ帰ったことを後悔なさっているのですね?」
「な、なにを言っておるのだ!? そんなわけが」
「うっうっ、あんなに懐いていた息子はどこぞへ行ったきり連絡一つよこさないし」

 傍らで汗をぬぐう以外になす術のない遥照。

「お姉様」

 泣き上戸になった船穂を美砂樹がなだめようと背中に手を回す。が、唐突に船穂は顔を上げ、

「美砂樹ちゃん!!」
「は、はい?」
「私が阿主沙様に見捨てられても、美砂樹ちゃんは私のことを見捨てたりしないわよね? ずっとお姉様って呼んでくれるわよね?」

 涙を浮かべた船穂に迫られ、なぐさめるつもりの美砂樹も船穂世界へと逝ってしまった。しっかりと両手で船穂の手を握って答える。

「ええ、もちろんよお姉様!! 『瑞穂』『霞鱗』ともども、美砂樹はどこまでもお姉様に付いて行きますっ!!」

(おまえまでなにを口走っておるのだ美砂樹〜!!!)

 そんな阿主沙の心叫びとは全く無関係に二人の妻は涙を流しながら抱き合っていた。









 魎呼たちはそんな皇家の方々を肴に呑んでいたりした。

「・・・なんなんだよ、いったい。」
「遥照殿がいなくなっていろいろあったんでしょ。あ、魎呼ちゃん、そのゲソ取って。」
「ほれよ。にしてもあのおっかさんたち、ヤバイ関係なんじゃねえか?」
「愛の形は人それぞれよ。ウンウン
(穴があったら入りたい・・・(赤面))









 船穂の暴走は止まるどころかますます勢いを増していた。次々と周りを侵食し、このまま世界は船穂世界に統合されてしまうかもしれない。
 そこへさらに新たな波紋の種が戻ってきた。

「おまちどうさま〜」
「あら〜、天地さん、砂沙美ちゃん、ごくろうさまですぅ〜」

 天地と砂沙美が酒と料理の追加を持って現れたのである。
 当然、今の船穂が見逃すはずもない。

「天地殿!」
「はい?」

 こちらへおいでなさい、と手招きする船穂。傍らで美砂樹も同じように砂沙美を手招きしていた。

「なんでしょう?」

 何も知らない天地はいつものように微笑みつつ歩み寄ってくる。

(父上、チャンスですぞ!)
(うむ、ぬかるでないぞ)

 千載一遇のチャンス、阿主沙と遥照はアイコンタクトを交わしてタイミングを見計らった。

((今だっっっっ!!!))

 がしっ!!

「あ〜ず〜さ〜さ〜ま〜!!」

 阿主沙の背中に冷たいものがいくつも流れ落ちる。普段はあれほど優しい船穂の声が今は冥府から聞こえてくるかのようだ。見れば、外套の端はしっかりと船穂の手の内にある。阿主沙は自分の運命が潰えたのを知った。
 一方、遥照はまんまと逃げ出していた。もちろん阿主沙を囮にして船穂の注意のそれたほんの一瞬に全力を尽くして逃げ出したのだ。さすがは三国一の孝行息子である。



 遥照と入れ替わる形で捕まった天地は、当然の如く酒を進められていた。

「まずは一献」
「あ、あの、俺は未成年で・・・」
「天地殿、男子たるもの、酒ぐらい飲めねばなりません。キッパリ
「あの〜、船穂様?」

 ここに至って天地はようやく船穂が酔っているということに気が付いた。まったく平和な男である。



 船穂による怒涛の質問攻めにあう天地。天地が犠牲になって阿主沙は助かるかと思いきや、話の間になにかとあてつけてくるのでまるで気が抜けない。
 さすがに耐え難くなって、阿主沙が天地に耳打ちする。

(なんとかせぬか!)
(なんとかって言われても・・・)

 ここで天地の脳裏に閃くものがあった。

(そうだ・・・)
「船穂様、少々お待ち下さい。」

 と言って階段を昇っていった。



 天地が戻ってきた時、なにやら四角いものを手にしていた。

「これを」
「これ・・・は?」
「俺の、母さんです。」

 その写真には日傘に和服姿の女性が微笑んでいた。

「子供の頃だったんで少ししか覚えてないですけど・・・」
「天地殿・・・ホロリ
「天地ちゃん・・・ウルウル

 表情にこそ出さないが阿主沙も胸に覚えるものがあった。

「お母様は樹雷の血を色濃く受けた方のようですね・・・」

 船穂は会うことが出来なかった孫の姿を見つつ、せめてそのとき自分が側にいてあげられたのならと思い、

「天地殿。」
「はい。」
「今から私のことを母と思って下さい。」
「え?」
「こんなおばあさんでは嫌ですか?」
「い、いえ、そんな、」

 若すぎるくらいです、と天地は思った。
 船穂はうろたえる天地に近づくと、自然な動作で天地の頭に手を添えて。

「??????」

 そのまま天地を自分の膝の上に寝かせた。









「「あーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」

 この叫びが誰の物かは説明不要だろう。

「あたしの天地になにしやが・・・」

 なにしやがる、と飛び出そうとした魎呼だったが、頭上から降ってきたハニワ顔の埴輪の置物に動きを封じられてしまった。

「まあまあ、落ち着きなさい二人とも。」
「・・・先に口で言え・・・グエ
「だって鷲羽様、」
「いいじゃないの、船穂殿は天地殿のひいおばあさまなんだから少しくらい貸してあげたってバチは当たらないわよ。それに天地殿だって女親の愛情に飢えてるだろうしね〜。」
「ううっ、でも・・・」



「ね〜んね〜んころ〜りよ〜・・・」

 船穂の子守歌が辺りを占める。なぜか背景は夕焼け色に染まり、BGMまで流れていた。
 船穂の膝枕をされている天地はというと、恥ずかしさに逃げ出したい思いだったが、船穂に亡き母の面影を感じてもいたのでとりあえずされるがままになっていた。

 阿主沙は渋い顔をしていた。面白くないのはもちろんだが話の雰囲気からいって口も出せないのでとにかくこの場は我慢するほかなかった。
 そんな阿主沙を見て、美砂樹がちょっかいをかける。

「あなた、うらやましいんですか?」
「な、なにを言っておるか! そんなわけなかろう!」
「なんでしたら私がやってあげましょうか?」

 にこにこと笑みを浮かべてそんなことを言う。その笑顔に阿主沙は美砂樹の母の顔を思い出しかけて慌てて振り払った。

「いらん!」

 予想通りの答えが返ってきたので、美砂樹はあら残念ともらしつつ真のターゲットを引き寄せた。

「じゃ、代わりに砂沙美ちゃんにやってあげましょう。」
「え?」
「思い出すわ〜、砂沙美ちゃんが小さかった頃!」
「あの〜、お母様?」
「さ、おいでおいで(^^)」

 自分の膝をぽんぽんと叩く。
 既に砂沙美に拒否権はなかった。



「天地ぃ〜シクシク
「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び・・・シクシク
「オーバーだねえ、二人とも・・・」

 二人はうらめしそうにその様子を見守った。
 その後、しばらくして船穂は眠ってしまった。子守歌を歌いながら自分で眠ってしまい、ようやく船穂世界は幕を閉じたのだった。
 また、船穂のほかにあと二人と一匹ほど眠ってしまっていた。結局膝枕された方よりしていた方が先に眠ってしまったらしい。







〜 えぴろおぐ 〜




 翌日。樹雷皇家御一行はまたやって来た。

「阿重霞! 今日こそは」
「お父様、私は天地様を」

 そしていつも前振りが始まるのであった。

「こんにちは、船穂様。」
「天地殿、約束を忘れたのですか?」
「ええっ!? お、覚えてるんですか?」
「母上でもお母さんでもお好きな呼び方でいいですよ ニッコリ
「お姉さまばっかりずるい〜」


 魎呼と阿重霞の声が響いて、魎皇鬼がいとまきを披露し、水柱があがる。
 今日も柾木家は平和だった。





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