【津名魅でGO】



 風の強い夜だった。
 深夜3時半。天地は灯りの消えた自室のベッドで眠っていた。風がときおり窓
ガラスを強く叩く。寝入りばなこそ、窓の音が気になった天地だったが、昼間の
疲れもあって、あっという間に眠りについてしまった。今では音も気にならなく
なっている。そんな中、天地の部屋の戸がゆっくりと動いた。戸の軋みが暗闇の
中へ不気味に響くが、風の音がそれをかき消してしまう。
 やがて戸が開かれた。真っ暗な廊下の方から、小さな黒い物体が、ふわふわ漂
いながら部屋に入ってきた。一つ、また一つと、幽界からの使者のように、ゆっ
くりと天地のベッドに向かってくる。
 それは植木鉢だった。直径20センチの植木鉢が十数個、天地のベッドを取り
囲むように浮かんでいる。植木鉢から、徐々に光のもやが上りはじめる。もやは、
ゆらゆらと左右に揺れながら、天地をのぞき込むように浮かんでいた。
「!」
 突然、天地の目がくわっと開いた。バネ細工の人形のように、ベッドから上体
が飛び起きる。同時に、もやが消え失せ、植木鉢の群は瞬時に戸の開いた部分か
ら外へと消えた。
「……?」
 敏速な動作で首を左右に回し、部屋中を見回す天地。部屋の中には何もない。
真夜中の闇と静寂が、あたりを包みこんでいる。首の動きが徐々に緩慢になり、
やがて正面を向いて止まった。
「……なんだったんだ? 今の気配は……」
 風に乗ってきたのか、どこからともなく夜陰の鐘が響いてくる。
「……」
 天地は、いつのまにか全身に冷たい汗をかいていた。

                    ●●            ●●                ●●

 柾木神社に朝の日射しが優しく降り注いでいる。天地は、朝の稽古を終えて、
境内の掃き掃除をしていた。昨夜の風で、だいぶ葉や枝が散乱している。この日
は美星が掃除当番だったが、散らかりようがひどいので天地が手伝うことにした
のである。
「天地さん、どうしたんですか。目が赤いですよ」
 美星は心配そうに訊いた。
「いえ、ちょっと、昨日眠れなくて」
「どこかお身体が悪いんですか?」
「そうじゃないんですけど、きっと夕べの風の音のせいでしょうね。あはは」
 天地は笑って答える。妙な気配を感じたなどと言っても、美星を心配させるだ
けだ。
「そうですかぁ」美星も笑顔を返す。健康的な褐色の肌に、ポニーテールの金髪
が揺れる。口元から覗いた八重歯が眩しかった。美星は箒を動かしながら、話を
続ける。
「そういえば砂沙美ちゃんも、昨日はだいぶ夜更かしをしていたようでしたよ」
「砂沙美ちゃんが?」
「ええ。昨日の夕飯のあと、私と砂沙美ちゃんで、津名魅さんの夜の研修につき
あってたんです。私は途中で寝ちゃったんですけど、砂沙美ちゃんはずっと起き
て聴講してたみたいで」
 箒を手にした天地の手が止まる。なにやら気になる表現だった。
「夜の研修……ですか。いったいどんなことをやってたんです?」
「えっと、たしか……樹雷の歴史とか、初代樹雷皇の話とか……」
 おとがいに人差し指を当てて、美星が記憶をたどる。その話を聴いて、ほっと
したように天地が一息ついた。再び箒が左右に踊る。
「あと繁殖のメカニズムとか……」
 天地の握っていた箒の柄が、手元で砕けた。境内の砂に頭から突っ込んだ天地
は、手を地面に着けたままですぐさま上体を起こす。
「なななななな……なんですって?」
「ええ。ですからぁ」美星が話を続けた。

                            *       *       *

「というわけで、私は初代樹雷皇の申出を受けることにしたのです。わかりまし
たか」
「は〜い」(×74)
 74人の元気な声が答える。ここは柾木家の温室内に設営された特別教室。講
師はもちろん津名魅で、可動式の黒板を前にして教壇に立っている。津名魅の前
には74個の机が並べられ、皇家の樹が変身した72人の津名魅と、飛び入り参
加した砂沙美と美星が椅子に着いていた。どうやら歴史の授業のようだ。時刻は
既に午前1時を回っていた。
「初代樹雷皇って、けっこう情熱的だったんですねえ」
「うん。砂沙美も知らなかったなあ」
 隣り合わせの席に座っている美星と砂沙美が、ひそひそ話をする。砂沙美は以
前、樹雷星にいた頃に皇家の歴史を習ったことがあった。美星も銀河系の一大勢
力である樹雷皇家の歴史は、警察学校のカリキュラムで一通り学んでいた。
 美星の本職は、ギャラクシーポリス一級刑事。宇宙のお巡りさんである。かつ
て辺境駐在として太陽系を小型宇宙艇でパトロール中の美星は、魎呼が阿重霞と
喧嘩したときに上竹温泉で発生させたエネルギーフィールドに引き寄せられて、
地球に墜落しまう。それ以来、美星は天地家に住み着いていた。墜落の際、異次
元空間に吸い込まれそうになったところを天地に助けられたことで、天地を「運
命の人」と思いこんでいるためでもある。
 砂沙美や美星の学んだ樹雷の歴史は、古代文書によって第三者的に記された、
かびの生えた無味乾燥なものだった。一度は覚えたものの、ほとんど記憶には残
らなかった。しかし津名魅は、文字通り歴史の当事者である。その話は、その場
に立ち会った者だけが知る、血の通った体験談だった。砂沙美も美星も、思わず
身を乗り出して聴いていた。
 夜が更けていく。そろそろ美星の瞼がたるんできた。津名魅が口を開く。
「その後は樹雷皇家の皆さんも、第二世代以降の皆さんも、ともに繁栄してきた
というわけです。では皆さん。何か質問はありますか」
「しいやそなてきえちくふろきてーとまろふむいしきわいしてきふとしいてそふ
ていきしとてそ……」
 席に着いていた津名魅たち全員が一度に話し始めた。聞こえてくる言葉がおよ
そ言語になっていない。津名魅は一瞬ひるんだが、無理に笑顔を作って話しかけ
る。
「えっとね。みなさん、一度に話すのではなくて、一人ずつにしましょうね。じ
ゃあ聞きたい樹(ひと)から手を挙げて」
 はいはいはいはいはいはいはい、と津名魅たちが挙手をする。
「じゃあ、一番左のあなたからね」
「はい。その後繁栄したということですが、そこんとこをもう少し詳しくお願い
します」
 他の津名魅たちが拍手をした。どうやら同じような質問をしようとしていたら
しい。
 教壇上の津名魅の目が光った。
「繁栄について詳しくですね。それで、どのあたりをお話ししましょうか」
「できれば種が繁殖する場合の具体的方法を」質問をした津名魅の目も光る。
「……?」
 美星は睡魔に襲われつつあった。それでもなにか場の雰囲気が妙なのに気づく。
用語が微妙に変化したような気もする。懸命に意識を覚醒させながら、美星は隣
にいる砂沙美に小声で話しかける。
「ねぇ、砂沙美ちゃん……」
「しっ。黙って、美星お姉ちゃん」
 砂沙美が小声で答える。壇上の津名魅を見据えたままだ。砂沙美は笑顔のまま
だが、その頬が少し紅潮しているように美星には思えた。
「そうですか。ほほほほほ。分かりました。砂沙美、あなたも聴きますね」
「うん。いずれは知らなければいけないことだもん」
「そのとおりです。ではまず、基礎からお話ししましょう」
 津名魅は黒板に絵を描き始める。抽象画のように見える。
「まず、おしべとめしべが……」
 美星の瞼がますます下がる。上半身が船をこぎだした。
「……私の場合は……で……ですから無性生殖……」
 なんとか起きていようとするが、根気が続かない。顔が勢いよく揺れるたびに
目が覚めるが、すぐに深い眠りの世界に吸い込まれてゆく。津名魅の声が、とぎ
れとぎれに響く。まるで子守歌のようだった。
「……で、殿方の……するの……れが……茸……すね」
 黒板になにやら書く音が聞こえる。机を並べた津名魅たちから、「きゃ」とか
「まぁ」とかいう声が漏れている。横にいる砂沙美が、身を乗り出しているよう
だが、もはや美星は睡魔に支配され、身体を動かすのさえ鬱陶しい。
「……で……形状の……木のウロ……なのです。そこ……」
(ウロ? なんのこと?)そう思ったところで、美星の記憶が途切れた。次の瞬
間、誰かが身体を揺すった。砂沙美の声が頭の上で聞こえる。
「ほら美星お姉ちゃん。もう講義終わったよ。こんなとこで寝てたら風邪ひい
ちゃうから、ちゃんとお部屋で寝ようね」
「あ……砂沙美ちゃん。あら? 津名魅さんのお話は?」
「もう終わっちゃったよ。さ。お部屋に帰ろ」
 砂沙美はなぜか満足げな表情をしている。
「はぁい」
 腕時計を見ると、午前3時を回っている。眠りに落ちたのは一瞬だと思ってい
たが、どうやら実際は2時間近く眠ってしまったらしい。美星はあくびをしなが
ら砂沙美と一緒に温室を出た。

                            *       *       *

「というわけだったんですよぉ。あら、どうしたんですか、天地さん」
「……いえ、別に」
 天地は鼻が詰まったような声を出す。美星に背を向けたまま、顔を上にあげて
いた。鼻血が流れないように、ときおり延髄を手刀で軽く叩く。ところどころ情
報が断片的なのが、よけいに想像力をかきたてるらしい。
「やっぱり身体の具合が悪いんじゃないですかぁ」美星が心配そうに、天地の肩
越しに覗き込む。美星の息が天地の耳朶に吹きかかり、タンクトップの胸が天地
の背中に触れる。
「……本当に大丈夫ですから……」
 そう叫ぶと天地は、両手で鼻を押さえて足早に美星から離れていった。

                    ●●            ●●                ●●

「あぁ……天地かぁ、おはよ……」
 とりあえず少しでも眠っておこうと柾木家に戻った天地が玄関を開ける。そこ
には眠そうな目をした魎呼が立っていた。
「あ。おはよう魎呼。今日は早いなあ。いつもなら朝食ができるまで起きないの
に」
 魎呼は猫が顔を洗うような仕草で、顔を擦っている。
「なんか夕べは寝付けなくってな。妙な気配がしやがるんだ」
「妙な気配?」
「ああ。なんかあたしが寝ている周りを、何かが取り囲んで見ているような感じ
がしてさぁ。気配で目が覚めるんだけど、なにもいやしない。それでまた眠るん
だけど、また妙な気配に目が覚めて、その繰り返しさ」
「……」天地は考え込む。
「どうしたんだ? 天地」
「いや、俺も夕べ、同じような気配を感じたんだ」
「天地もか。じゃあ、なんか妙な声も聞こえただろ」
「声? いや、それは気づかなかったけど。どんな声だい?」
「たしか『きのこ』とか『うろ』とか聞こえたような……。おかげでマタンゴの
群があたしに襲いかかってくる夢まで見ちまってさあ」
「……」
 天地の脳裏に、先ほど美星に聞いた話がよみがえる。たぶん正体はアレだ。皇
家の樹たちに違いない。となると、自分のところの気配もたぶん……。しかし、
それを魎呼が知ったら、話がますますややこしくなりそうなので、ここは黙って
おくことにした。
「そうか。たぶん気のせいだと思うけど。まだ朝ご飯までは時間があるから、少
し寝といた方がいいよ」
 そう言って天地は笑いかける。と同時に、魎呼が天地に抱きついてきた。
「天地ぃ。あたしのこと心配してくれてるのねン。魎呼うれしいっ!」
「わっ、こら。抱きつくなっ」
 天地は魎呼に抱きつかれたまま廊下にひっくり返る。
「……」
「……魎呼?」
「ぐぅ……」
 魎呼は天地の腕の中で寝てしまった。どうやら昨夜はほとんど眠っていない様
子だ。眠れなかったのは天地も同じなのだが、魎呼が身体の上に乗っかっている
ので、どきまぎして眠るどころではない。また、先ほどの美星の話が耳元に残っ
ているから、余計に睡魔が吹き飛んでいる。おまけに結構重い。
(う、動けない)
 天地の胸の中で、すやすや眠る魎呼。その寝息を聞きながら、一睡もできない
天地。朝食の準備のために台所に降りてきた砂沙美の手を借りて、魎呼をソファ
に移すまで、天地は身動きがとれなかった。

                    ●●            ●●                ●●

 昼下がり、天地はいつものように、神社周辺の畑を耕していた。ほとんどは魎
皇鬼のためのニンジン畑だが、そのほかにもキャベツ、キュウリ、大根、芋、ト
マトなど、一通りは自給自足が出来るように各種野菜を育てていた。
「天地兄ちゃん、一休みしたら」
「ご苦労様です、天地さま」
 砂沙美と阿重霞が水筒とバスケットを持って、柾木家からやってきた。3時の
おやつである。いつもなら魎呼も一緒のはずだが、どうやらまだ家で寝ているよ
うだった。
「そうだね。じゃ、ちょっと休もうか」
 強い日差しを受けて汗をかいた天地は、畑のそばにある桜の樹の下で、腰を下
ろした。樹齢百年近い巨木の枝葉が、日差しを和らげてくれる。阿重霞と砂沙美
も、天地の近くで腰を下ろした。天地は、汗を拭うと、砂沙美が入れてくれた水
筒のお茶を美味しそうに飲んだ。ビスケットをつまむ天地を見ていた阿重霞は、
ふと頭上に目をやる。
「そろそろこの桜も、蕾が開いてきましたわね」
「そうですね。もう少し咲いたら、またみんなで花見をしましょうか」
「うん。砂沙美いっぱいご馳走作るからね」砂沙美が嬉しそうに、天地に応える。
 ふと、天地は思いだしたように言った。
「そういえば、阿重霞さんは知ってます? 桜の樹の下には何が埋まってるのか」
「え?」阿重霞が不思議そうな表情をする。砂沙美もぽかんとした顔をする。
「いえね、ある人が詩で書いたことがあるんですよ。こんなにも綺麗な花を咲か
せる桜の木の下には、きっと異常なものが埋まっているに違いないって」
「面白い発想ですわね。それで、何が埋まっていると、その作者の方は書いてい
るのですか」
「人間の死体なんだそうですよ」
「「……」」
 阿重霞と砂沙美の目に暗い影が入る。後頭部に大きな汗が浮かんだ。
「……本当に、面白い発想だね」砂沙美が遠慮がちに言う。
「まあ、どちらかと言えば悪趣味だけどね。そんな非常識な発想をしてしまうほ
ど、桜の花が美しいってことを表現したかったんだろうね」
「確かに美しいですわね……」阿重霞が、また視線を上に向けた。
「俺もその詩を読んだあとで初めて桜の樹の下に来たとき、思わず足下を見まし
たよ。そんなはずがないと思いながら、こう、座って土を軽く掘ったりして……」
 笑いながら天地は、左手で大地を軽く掻く。土のひんやりした感触が心地よい。
ふと、何か柔らかいものが手に触れたような気がした。
「ん?」
 天地は左手に視線をやり、ゆっくり地面から手を離す。その下から、人の顔が
現れた。目を閉じた女の顔だ。
「どわあああああっっっ!!」
 天地は悲鳴を上げ、凄い勢いで後方に飛び退いた。
「「きゃああああっっっ!!」」
 阿重霞と砂沙美も、つられて悲鳴をあげ、天地の横に飛びつく。
 顔は、閉じていた目を開く。眼球がぎょろりと動き、瞳が天地たちの方を向い
た。唇が動く。
「あら、天地さん」

「「「……へ?」」」
 天地は、腰を抜かしたままで、自分の名を呼んだ顔に答える。
 地面が隆起し、埋まっていた顔が地上に出てくる。顔に続いて身体が現れ、や
がて全身が現れた。
「……津名魅……さん」
 地面から出てきたのは、津名魅だった。土の中から出てきたのに、全身には全
然泥が着いていない。
「……いったい何で、こんなところに、いるんですか……」
 まだショックで動悸が治まらない天地は、ゆっくり呼吸を整えながら、津名魅
に問いかける。津名魅は笑顔で答えた。
「リラクゼーションです。皇家の樹たちに、土の中でリラックスしてもらおうと
思いまして」
「リラックス……ですか」
「ええ。皇家の樹は異次元からエネルギーを得られますが、やはり元は大地に根
ざした存在でしたからね。リラックスするには格好の場所なのです。天地さんた
ちが水に浮かんでリラックスするのと、原理は同じですわ」
「なるほど……」
 天地は納得した。考えてみたら津名魅が悪いのではなく、たまたま梶井基次郎
などを思いだしながら地面を掘った自分の方に、驚愕の原因があったわけだ。
 砂沙美が津名魅に問いかける。

「ねえ津名魅ちゃん。ほかのみんなも、ここでリラックスしてるの?」
「はい。みんなとても気持ちよく埋まっていますよ」
「……」
 聞きようによっては猟奇的な表現に、阿重霞が複雑な表情をする。自分の立っ
ている場所を何やらおぞましげに、阿重霞は2・3歩あてどなく動いては、下に
何も無いことを確認するかのように、草履で足下の土を軽く掘る動作を繰り返す。
「あら阿重霞姫、こんにちは」
「あら阿重霞姫、こんにちは」
「あら阿重霞姫、こんにちは」
 掘ったそばから声が沸き上がり、ぼこぼこっと顔が出てくる。津名魅の声と顔
だった。地面から伸び上がる身体身体身体……、津名魅の身体だった。
「ひええええええ!!」
 阿重霞は腰を抜かす。地面についた両手が思わず土を掴むと、そこからも。
「あら阿重霞姫」
「あら阿重霞姫」
「…………」
 阿重霞は泡を吹いて失神した。

「あー、ここにも津名魅ちゃんめっけ☆ あ、こっちにも」
「あ、砂沙美ちゃん、こんにちは」
「やっほ、砂沙美ちゃん」
 砂沙美はあちこち掘り起こしながら喜んでいる。
「はははは萩原朔太郎……」
 天地は、腰を抜かしたまま、錯乱気味に呟きながら畑の方に目をやる。
 よく耕され、種蒔きを待つ母なる大地。青々と繁る野菜たち。
 その下に津名魅の一群が、累々と横たわっているような幻覚を天地は見た。

                            *       *       *

「……さてと、それじゃ砂沙美ちゃん、一緒に家に戻ろうか。俺が阿重霞さんを
おぶって行くから。……それじゃどうも、津名魅さん」
「はい、それでは」
 そう答えると、津名魅たちはまた地中に潜っていった。
 天地は、この日の畑仕事を取りやめにした。いま畑に鍬を入れたら津名魅を発
掘してしまうような恐怖を覚えたのである。そんな思いを気取られないように、
天地は懸命に平静を装い、気絶した阿重霞を背負うと、砂沙美と一緒に畑を後に
した。
「じゃあね津名魅ちゃんたち、またあとでねー」
 砂沙美が畑の方に振り返って手を振る。
 その声に、天地の背中におぶられていた阿重霞が目を覚まし、何気なく後ろを
向く。
 畑の中から、数十本の真っ白い腕がずるりと伸びあがってきた。その腕がゆっ
くりと左右に振れる。海藻が潮の流れの中でゆらゆらと揺らめくようだ。
「ひぃっ!!」
 阿重霞は引きつけを起こすと、天地の背中で再び気絶した。
「……」
 顔面蒼白の天地は、家に辿り着くまで、一度も後ろを振り向かなかった。


つづく
                                                                    mitsu


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