「ひとーつ積んでは鷲羽のため〜。ふたーつ積んでは鷲羽のため〜……」
魎呼は、柾木家台所のテーブルに向かい、暗い歌を口ずさみながら、黙々とあ
る作業を繰り返していた。
新世紀まであと1週間という年の瀬、例年になく暖冬と言われる日本各地であ
るが、倉敷山中の柾木家は、四方を山に囲まれた盆地に位置するため、気温の高
低差が激しい。日射しのある昼は、少し動けば汗ばむくらいだが、夕暮れを過ぎ
ると、とたんに冬の寒気が押し寄せてくる。明け方には、毎日霜柱が立っていた。
「どう? 出来上がった、魎呼ちゃん」
魎呼の背後から、鷲羽が声をかけた。鷲羽の横には、エプロン姿の砂沙美が並
んでいる。魎呼は、不機嫌そうな顔をして、声の方に向き直った。
「ああ。とりあえず20個な。で、あといくつ作りゃあいいんだ?」
「そうねえ、じゃ、あと20個頼むわ。それでなんとか形になるからさ」
そう言いながら、鷲羽はテーブルに置かれたボウルをちらりと見る。
「おー、なかなか綺麗じゃない。さすがあたしの娘よね」
「なにいってやがる。だいたいなあ……」
ふてくされた表情で魎呼が言いかけたとき、砂沙美が申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、魎呼お姉ちゃん。こんなことやらせちゃって」
「ん、まあいいけどな」魎呼が間髪入れずに答える。言い方こそそっけないが、
砂沙美を傷つけないように配慮したのは明らかだった。そんな魎呼を見て、鷲羽
がくすりと微笑む。その気配を察した魎呼が、また鷲羽をじろりと睨んだ。
「なんにしても、そろそろ砂沙美ちゃんも仕上げに取りかかるって言ってるから、
残りもよろしくね、魎呼ちゃん」
そう言うと、鷲羽は踵をかえして、台所から出ていった。残った砂沙美はボウ
ルの中をのぞき込む。
「本当に、綺麗だね……」
砂沙美は、ボウルの中の輝きに、心を奪われていた。
20分後、仕事を終えた魎呼は、おぼつかない足取りで、居間へ向かって歩い
ていった。なにやら疲れたようで、ねぐらになっている梁の上で休むつもりらし
い。そのあと砂沙美が台所に入ってきて、なにやら作業をしたあと、30分ほど
して外へ出た。
台所には、誰もいなくなった。時刻は午後3時になろうとしている。夕方が近
づき、少しずつ室温が下がり始めた。砂沙美は仕事が一段落し、魎皇鬼と一緒に
居間の壁に寄りかかって、うたた寝をしている。魎呼は梁の上で大いびきをかい
ている。美星はどてらを着込んで、まだ日射しの残る縁側で寝転がっている。阿
重霞は自室で針仕事だし、天地は畑仕事の真っ最中である。鷲羽は研究室にこも
りきりだ。静かな午後の一時であった。
そんな中、台所に、ひょっこりと影が動いた。
「……誰もいませんわね」
津名魅の声だった。
●● ●● ●●
津名魅、それは全銀河に覇を唱える樹雷の至宝。無敵の防御シールド「光鷹翼」
を作りだす皇家の樹、その始まりの存在。絶対にして崇高なる存在である……の
……だが。
約700年前の、とある事件をきっかけにして、津名魅は砂沙美と融合した。
そして現在、砂沙美は天地家で元気におさんどんの毎日である。本来、絶対神と
して君臨する存在だけに、味覚や食欲とも全く縁のない存在であった津名魅であ
る。が、融合先の砂沙美が生活の中で五感を伴う様々な体験をするうちに、それ
を共有する津名魅も、いつしかそのような感覚を楽しむようになってきた。ちょ
うど、食事を必要としない魎呼が、酒や食事を楽しむのと同じようなものだった。
早い話が、しっかり俗化してきたわけである。
「……どこかしら」
口元でつぶやきながら、津名魅は台所の棚を一つ一つ開けて、中を確かめてい
る。そのたびに、はあ、とため息をつきながら、次の場所へと移動する。ようや
く冷蔵庫まで来て、扉を開けた。その途端、津名魅の顔が輝いた。
「あっ……た!!」
冷蔵庫の中には、立派なデコレーションケーキが入っていた。さきほど砂沙美
が作っていたものだ。手前に1つと、奥に2つ。合計3つの円形ケーキが入って
いた。1つ1つの大きさは違うが、それぞれが、白いホイップクリームに周囲を
塗り固められ、上部には豪奢なデコレーションが施されている。砂沙美の匠の技
が見て取れた。白いクリームのあちらこちらには、ルビーのような真紅の珠がち
りばめられている。白と赤のコントラストが見事だった。
「……」
津名魅は、手前の、一番小さいケーキをそっと冷蔵庫から出した。
「こんなにあるんだから、1個のうちの、ちょっとだけならいいですわよね」
誰に言うともなしに、あたりを見回しながらつぶやいた津名魅は、手から出し
た光鷹翼で器用にケーキを切った。ケーキの8分の1を小皿に取り分けると、フ
ォークを片手に津名魅は言った。
「いただきまーす」
時刻は3時ちょうど。津名魅のおやつの時間であった。
一口食べるなり、津名魅は目を見張る。
「……あら。おいしい!」
次に津名魅はトッピングの珠に目をやった。よく見ると、珠の周囲には、ピン
クと青の細い輪が巻かれている。見るからに精巧な砂糖細工のようだった。そし
て下半球には白いクリームが程良く付着して、色彩的にも食欲を誘った。
これは食べ物なのか、それともただのアクセサリーなのか、津名魅は考える。
ちなみに神である津名魅に消化という概念はないから、たとえコンクリートでも
その気になれば食べられる。しかしそれでは、天地や砂沙美と同じ感覚を共有す
ることにはならない。そんな思いを胸に、津名魅は注意深く、普通の食べ物と違
う味が感じられるかを試すため、真紅の珠を手に取ると、ゆっくり口に運んだ。
「……!」
突然、津名魅の顔が歓喜に輝いた。
「いけないいけない。つい寝ちゃった……」
そう言いながら、砂沙美が台所に小走りで入ってきた。3時のおやつをみんな
に出すのを、つい忘れてしまっていたのだ。台所に入った砂沙美は、飛び込んで
きた光景に、思わず目を疑った。
「あーーーーっ! 津名魅!!」
●● ●● ●●
その声の大きさに、畑仕事から戻って居間で一服していた天地や、梁でくつろ
いでいた魎呼が驚く。天地たちは台所に駆け込んだ。
「どうしたんだ、砂沙美ちゃん」
天地たちも台所の光景を見た。そこには、テーブルを前に、椅子に座っている
津名魅がいた。
「津名魅……さん。どうしたんですか。こんなところで」
「あ。どうも天地さん。こんにちは」津名魅が挨拶する。
「はい。こんにちは……って、そうじゃなくて、いったいなんでここに?」
「あ! こいつ、盗み食いにきやがったな!」魎呼が叫ぶ。
「なんてことを言うんですの、魎呼さん。仮にも津名魅は皇家の樹の始祖ですの
よ。そんな、いやしんぼなまねをするわけが……」自室から出てきた阿重霞が反
論する。
「じゃあ、このテーブルの上のものは、なんなんだよ!」
「う……」
阿重霞が絶句する。テーブルの上には、砂沙美が冷蔵庫に入れていた3個のケ
ーキが並んでいる。正確には、2個と8分の7である。その横には、空の小皿が
フォークと共に置いてあった。8分の1は、この小皿を経由して津名魅の口に入
ったのであろう、と、誰もが予想できた。
「津名魅……。まさかあなたが……」
阿重霞が津名魅におそるおそる訊く。全員の視線を受け、赤面した津名魅が小
さな声でつぶやいた。
「……すいません」
「津名魅ったら。これは今日、みんなで食べるクリスマスケーキだったんだよ」
砂沙美が津名魅に、軽い非難を込めて言う。
「樹雷の神ってのは、こーんないやしんぼか!」
魎呼が、阿重霞に対して、からかうような口調で言う。
「そ……そんなことは決して。きっとこれには深いわけが……」
阿重霞は反論するが、自分も魎呼と同意見なので、迫力がない。
「まあまあ、魎呼さんも阿重霞さんも。津名魅さんだって、きっと砂沙美ちゃん
の作ったケーキがおいしそうだったんで、つい食べちゃったんですよ」
台所に遅れてやってきた美星が、笑顔で言う。
「でもよう……」
魎呼が不満げに言う。
「ま……まあ、つまみ食いは、誰でもやってることだしね」
美星の助け船を受けて、天地がその場を取りなすように言う。その言葉に、全
員の追及が、ぴた、と止まった。誰もが思い当たる節があるらしい。特に魎呼に
は。
「……しょうがないか。ケーキの欠けたところは、バタークリームを塗って修復
してみるね」苦笑しながら、砂沙美が天地に笑いかける。
「よろしくね、砂沙美ちゃん」天地はそう言ったあとで、津名魅の方を向く。
「でも津名魅さん、今度は一人だけじゃなく、みんなで一緒に食べましょうよ。
一人で食べるより、みんなで食べた方が、きっと美味しいですよ」
「はい……。すみませんでした」
津名魅の顔に、微笑みが戻った。
「あれ? ところでこのケーキ、砂沙美が完成させたんじゃなかったのか」
魎呼が砂沙美に訊く。
「うん。あとは上に重ねるだけだけど」砂沙美が答える。砂沙美の作ったケーキ
は、直径が大きなケーキを下にして、三段重ねにして完成するものだった。ただ、
それでは冷蔵庫に入らないので、ブロックごとに分けて冷やしていたわけである。
「だったら珠は、どうしたんだ?」魎呼が訊く。
「え? ちゃんとケーキにトッピングして……あれ?……ない。なくなっちゃっ
てる」
砂沙美がまじまじとケーキを見る。テーブルの上にあるケーキからは、真紅の
珠が一つ残らず消えてきた。全員の目が、再び津名魅に集中する。
「は……はい。私です」
再び津名魅が、赤面しながら小さな声で言う。
「私です……って。まさか食べたの? 津名魅」思わず砂沙美の声が大きくなる。
顔からは、さっと血の気が引いたようだった。
「はい……」
さらに津名魅の声が小さくなる。
「「…………」」魎呼と砂沙美が顔を見合わせた。魎呼は顔中からだらだらと汗
を流し、砂沙美も両手を口元に当てて、あわあわしている。
「? どうしたんだい、砂沙美ちゃんも魎呼も。珠って飾りのビーズのことだろ。
そりゃ食べられないけど、そんな危険なものでも」
天地が不思議そうに訊く。そこへ、研究室から、3時のお茶に遅れて参加しよ
うと鷲羽がやってきた。台所に天地たちが集まっているのを見て、寄ってくる。
「ん? なにしてんの。みんな」
「鷲羽お姉ちゃん! 津名魅が……津名魅が……食べちゃったの!」
「食べちゃった? そりゃまた意味もない行動を。それがどうかしたの」
「違うの。津名魅が……食べちゃったのよ。魎呼お姉ちゃんの宝玉を!!」
「「「「な……なにぃ〜〜〜〜??!!!」」」」
砂沙美と魎呼を除く全員が、絶叫した。
●● ●● ●●
「な、な、な、なんちゅうことをっ……。魎呼っ! 左手見せてみイッ!!」
鷲羽が狼狽しながら魎呼に詰め寄る。なにがあろうと常に一人だけ冷静な鷲羽
が、ここまで焦ったところを見るのは、天地も初めてだった。なにやら妙な感動
を覚える。鷲羽に左手をねじり上げられた魎呼は、思わず呻いた。
「いてててててて、なにしやがんでえっ!」
魎呼の抗議に耳を貸さずに、鷲羽は魎呼の左手首を凝視する。
「あ……あった」
魎呼の左手には、真紅の宝玉が輝いていた。最初に阿重霞が地球に襲来した際、
天地からだまし取った代物である。鷲羽はその光沢を見て、ほっと一息つき、魎
呼の手を離す。
「ああよかった……。あんた、これはまだ外してなかったのね」
「当たり前だ。いくらお前の頼みだからって、こりゃあたしのエネルギー源なん
だぞ。ぎりぎりまで外せるかっ!」
「今回だけは、あんたのそのせこさに感謝するわ。ってことは、津名魅が食べた
のは……」鷲羽のつぶやきに、砂沙美が答える。
「そうなの。魎呼お姉ちゃんが作ってくれた、レプリカの宝玉なの」
天地が聞き返す。
「いったい何で、そんなもの作ったんですか。いや、それより、なんでそんなも
のをクリスマスケーキのトッピングにぃッ!」
鷲羽の狼狽が伝染したかのように、天地の声が大きくなった。天地は覚えてい
る。最初に魎呼と出会ったとき、さんざん追い回されたあげく、天地剣から伸び
たビームサーベルが、天地の意思とは関係なく動き、魎呼の右手を手首から斬り
落とした。その際、魎呼の右手首に付いていたレプリカ宝玉が、魎呼から離れて
転がるや大爆発を起こしたことを。天地にとってレプリカ宝玉とは、高性能爆弾
という認識だった。
「いやあ、今年はちょっと趣向をこらそうと思ってね。それで魎呼ちゃんと砂沙
美ちゃんに協力してもらったんだけど」
滝のような汗を流す天地に向かって、鷲羽が苦笑しながら言う。
「どんな趣向ですの?」
ことの重大性に気づいていない阿重霞が、素朴な疑問を鷲羽に向ける。
「宝玉ってのは、まだ解明ができてないんだけど、莫大なエネルギーの源である
ことだけは確かなのよ。魎呼が作るレプリカの宝玉も、オリジナルにはかなわな
いにしても、そのエネルギー量はすごいの。だから、エネルギーを変換して使え
ば、いろんな使い道があるってわけ。それで今回は、イルミネーションとして使
おうと思ってね。魎呼ちゃんに作ってもらった疑似宝玉に、あたしの作った制御
装置を装着した上で、ケーキにトッピングしてもらおうと思ったのよ」
「へえ。どんなイルミネーションになるんですかぁ?」
美星が訊いた。
「そ……そんなことよりも、それ、食べたんですよね、津名魅さんが」
天地が津名魅を指さしながら、鷲羽に向かって言う。
「……はい。とっても美味しかったです」
上目遣いに、小さい声で津名魅が言う。
「そりゃそうでしょ。宝玉に内在するエネルギーってのは、皇家の樹が異次元か
ら吸収するエネルギーの、最も純粋な形態とも言うべきものだろうからね」
鷲羽が髪をたくし上げるような仕草をして言った。
「だから焦ったのよ。普通の生物が食べたら、爆弾飲み込むようなモンだから、
そりゃあ危険だけど、皇家の樹にとっちゃ栄養分なんだから、ほっときゃ吸収さ
れちゃうし。一番強いエネルギー源として、オリジナル宝玉も出すように魎呼ち
ゃんには頼んどいたんだけど……ああ、本当によかった」
鷲羽は、両肩を抱くようにして、ぶるっと震えた。
「ってことは、津名魅さんには、そのレプリカ宝玉って、全く無害なわけですね」
美星が鷲羽に言う。
「まあそういうことね。ただ……」
「そうなんですか。危険じゃなくて、よかったですね、津名魅さん」
安心したように、天地が津名魅に微笑む。津名魅も、ようやくにこやかな表情
で、普通どおりの大きさの声で、天地に向かって話す。
「はい。ご心配いただいて、ありがとうございます。天地さん」
突然、開いた津名魅の口から、高出力エネルギーが飛び出した。轟音と共に天
地に命中する。
「どわああああっ!」
台所の壁を突き破って、天地は廊下へ吹き飛んだ。
「天地様っ!」阿重霞があわてて天地のもとへ駆け寄る。
一同が絶句する。美星が放心状態でつぶやいた。
「『口からバズーカ』ですわ……」((C)ぴよこ in デ・ジ・キャラット)
しかし、そのようなことを言っている場合ではなく、当の津名魅は、思いがけ
ない状況に、パニックに陥った。
「い、い、今のはなに? なにが起こったのですか?」
大声で叫ぶ津名魅。その大きく開いた口から、再びバズーカが飛び出した。魎
呼と美星の至近に命中する。
「「きゃーーーーっ!!」」
二人は爆風に吹き飛ばされる。
「ちょ、ちょっと。津名魅。あんた大声出しちゃダメっ!」
鷲羽があわてて叫ぶ。しかし周囲が大騒ぎになっているので、その声が津名魅
には届かない。
「え? なに、なんですって、鷲羽!」
鷲羽に向き直って叫ぶ津名魅。口からバズーカが鷲羽に発射した。
「だああああああっ!」
間一髪でよける鷲羽。それでも近くに着弾したため、あおりを食って吹き飛ば
される。
「わわわ鷲羽ちゃちゃ……いいいったい、こここれれれれは」
衣服がぷすぷす焦げながら仰向けに倒れている天地が、近くに吹き飛んできた
鷲羽に、しどろもどろに問いかける。そんな合間にも、バズーカの爆発音は、ど
ごーん、どごーんと、ひっきりなしに聞こえてくる。
「たぶん疑似宝玉が、津名魅の身体の中で一カ所に集中したんで、あたしの作っ
た制御装置が不安定になってるのよ。津名魅が大きな声を出して口を開いたとき
に、行き場を見つけたエネルギーが放出されてるんだと思うわ。あの威力だと、
たぶん1回に疑似宝玉1個分ってとこね」
どててっ、という音と一緒に、鷲羽の近くに、爆風で阿重霞と砂沙美が吹っ飛
んできた。近くに着弾したらしい。
「そ……それなら、津名魅が口を閉ざせば、この事態は収まるわけですわね」
うつ伏せになった阿重霞が、腕で上体を起こしながら訊いた。
「そうよ。だからさっきそう津名魅に言ったんだけど、あの子パニックになって
て、全然聞こえないみたいなの」
「……わかりました。では筆談でなんとかするしかありませんわね」
そう言うと、阿重霞は近くに転がっていた紙とマジックペンを取った。どちら
も台所で、食材メモ用に常備しておいたものだった。「静かにしなさい、津名魅」
という字を書こうとして、阿重霞の手が止まる。
「……砂沙美、「しずかに」って、どういう漢字を書くんでしたっけ?」
大騒動の中で、阿重霞も軽いパニックに陥り、文字認識能力が混乱を起こして
いた。
「ええーっと、たしかこうじゃなかったっけ、お姉さま……」
砂沙美も同様だったが、なんとか頭をフル回転して、宙に指で文字を書く。そ
れを見た阿重霞が、なんとか文字を書きあげる。ようやく回復した天地が、その
紙を掴む。
「ありがとう、阿重霞さん。俺がこの紙を津名魅に見せて、静かにさせてきます
から」
「すいません天地様」まだうつ伏せの状態で、阿重霞が天地に言う。
天地は、紙を頭上高く掲げて、バズーカの乱射が続く台所に駆け込んだ。
「津名魅さん! こっちを見てください。こっちこっちっ」
「!」
天地の声に、津名魅が振り向く。天地の掲げた紙に気が付いた。文字を読む津
名魅。
「え? そうなんですか、天地さん!」
津名魅が大声で天地に尋ねる。最大級のバズーカが天地に命中した。
「ぐわあああああっ!」
天地は屋根を突き抜けて、2階へ飛んでいった。
鷲羽の元へ、紙がひらひらと舞い落ちてくる。そこには、こう書かれていた。
【賑かにしなさい、津名魅】
字が微妙に違っている。鷲羽が額に静脈を浮かべながら言った。
「……火に油を注いだわね」
その近くに、ひゅるるるる、という音を立てて、美星が飛んできた。鷲羽を見
つけると、小声で訊いた。
「鷲羽さぁん、津名魅さんって、いったいいくつレプリカを食べたんですかぁ?」
「……たしか魎呼には、40個用意させたはずだから……」
10数回の爆発の後、ようやく騒ぎが静まったのは、15分後のことであった。
●● ●● ●●
「「「「「今夜はずっと、そうしていてください!」」」」」
手足のあちこちに包帯を巻いて煤まみれになった天地たち一同が、断固とした
口調で言った。
『……はい』
津名魅の意識が、テレパシーで全員に伝わる。口を開くと、またバズーカ砲が
飛び出すので、声を出せないのだった。
津名魅は、柾木家の居間の中央で、樹の姿になっていた。まだ身体の中に、二
十数個の疑似宝玉が、原型のままでちりばめられている。一カ所に集中させると
危険なので、疑似宝玉は、樹の枝や幹のあちこちに分散させられていた。
騒動直後こそ、戦場跡のような佇まいの柾木家だったが、天地と鷲羽の応急処
置のおかげで、壁の穴も復旧し、砂沙美たちの活躍で片づけも終わり、午後8時
には、なんとか元通りの状態に近いところまで辿り着いた。居間のテーブルには、
なにごともなかったかのように、砂沙美の作ったクリスマスのご馳走と、クリス
マスケーキが並んでいる。天地たち一同の怪我も、不幸中の幸いというべきか、
軽い火傷と擦り傷だけで済んでいた。
「さ。そろそろ始まるわよ」
鷲羽が言うと、津名魅の樹のあちこちから四方八方へと、細い光があふれ出す。
赤、黄、緑、紫、青と、無限の階調で、光の照射が始まった。鷲羽の計算通りだ
った。光の群は、見事な光のハーモニーを奏で始める。
最初のうちは、仏頂面だった全員も、光の演舞が始まるにつれ、我を忘れて魅
入っていた。
「ケーキからじゃなかったけど、これはこれで、なかなかいいものね」
津名魅の樹から照射される、数万色の光に、感心したように鷲羽が言う。
「むしろこっちの方が、いいんじゃないですかぁ。クリスマスツリーって感じで、
すっごく綺麗ですよねぇ」
光の舞踏に、うっとりした表情で、美星がつぶやく。
「ああ。鷲羽にしちゃ、上出来だ」
魎呼も、光景を楽しみながら応じる。
「いいイブになって、よかったね。天地兄ちゃん」
砂沙美が天地に言う。
「ああ。そうだね」
天地も、そしてそこにいる全員が、さっきまでの大騒動を忘れて、穏やかな気
持ちで光のハーモニーに身を委ねていた。いつしか全員が歓談しながら、ケーキ
や食事を美味しそうに食べている。
津名魅が、鷲羽に向かってテレパシーを送る。
『……あの、鷲羽……。私もみんなと一緒にお食事を、その……』
『今日はダメよ。罰だからネ。一晩ゆっくり反省しなさい』
『ひ〜〜〜〜〜ん』
……メリー・クリスマス
− 了 −
mitsu
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