「男を磨け!」 〜 日大豊山高校水泳部物語 〜
競泳界で全国屈指の名門校、日大豊山高校水泳部の門をたたき、寮に生きた熱き男達の物語である。豊山水泳部員とあれども、寮生でなければ知られることのない男たちの世界である。
( 〜 ♪ 地上の星/中島みゆき ♪ 〜 )
※毎週火曜夜9時15分NHK教育でのプロジェクトXとは一切関係ありません
1986年春、その日は大雪が降っていた。
東京の板橋区中台へ向かう男がいた。
高橋大和、日大豊山高校水泳部合宿所の入寮の日だった。
目の前に日大豊山女子高校とグラウンドが見えた。
その脇に古い小さな掘っ立て小屋があった。
そこが寮だった。
3年生4人、2年生2人、新入生5人。全員、全国から集まった水泳部員だった。
競泳名門水泳部とあって上下関係は厳しかった。
新入生にはいろいろな仕事があった。
掃除。風呂沸かし。電話取り。食事の準備、お茶くみ。
細かいたくさんのルールもあった。
居間では3年生は寝転んでよかった。
2年生は壁に背中をつけて座ってもよかったが、寝転んではいけなかった。
1年生は壁に背中もつけてはいけなかった。
プライベートな場所はたった1畳のカーテンで仕切られた2段ベットの上だけであった。
夏にはトタンの屋根が焼け、照りつける屋根の下で寝なければならなかった。
当然、1年生は2段目に寝なければならなかった。
トタンの天井は目の前、わずか数十センチだった。
消灯は10時だった。
電話を取るのは1年生の仕事だった。
電話は3ベルで取らなければならなかった。
3回以内ではなく、きっちり3ベルでなくてはならなかった。
そのため、1年生は常に電話のそばにいることとなっていた。
風呂に入るには先輩1人1人に
「XXさん。お先にお風呂に入ってもよろしいでしょうか?」
と、聞かなければならなかった。
豊山ではミーティングの事を集合と呼んでいた。
集合中は手を後ろに組み、微動だにしてはいけなかった。
汗を拭くことも、くしゃみをする事も咳をする事も原則禁止されていた。
「わかったか」といわれたら「はい」とドスを利かせて答えなければならなかった。
毎日、先生と上級生から集合があった。
学校だけでなく、寮生は寮でも毎日、上級生からの集合があった。
寮では集合中、ずっと正座だった。
寮生は一般部員よりしっかりしないといけないと言われていた。
いろいろとめんどうだった。
でも慣れた。
寮での集合の最初の伝授は電話の取り方だった。
電話取りとはいえ、名門水泳部ともなると簡単な事ではなかった。
特訓は1ケ月を必要とした。
寮の電話はダイヤル式公衆電話のピンク電話だった。
ベルの音は鳴り始める時、3パターンあった。
「チ。チリリリーン。。。」
「チリ。チリリリーン。。。」
「チリリリーン。チリリリーン。。。」
「チ」は1回とは数えない。「チリ」と「チリリリーン」は1回とカウントしなければならなかった。
これを聞き分けなければならなかった。
そして、きっちり3回でとらなければならなかった。
したがって、3回ということは
「チ。チリリリーン。チリリリーン。チリリリーン。」ガチャっと取る
「チリ。チリリリーン。チリリリーン。」ガチャっと取る
「チリリリーン。チリリリーン。チリリリーン。」ガチャっと取る
つまらない事のようだが寮生にとっては重要な事だった。
聞き分けられず3回で取れなかったら上級生の集合が待っていたからだ。
電話を取って必ず言う重要なセリフがあった。
「はい、日大豊山、すいえ〜ぶ♪合宿所です。」
「水泳部」というところを高い発音でいわなければならなかった。
方言も禁止だった。
方言は抜こうと思って抜けるものではなかった。
同じ宮崎出身の新入生原口がいたため、方言はなかなか抜けなかった。
「いつまで方言しゃべってんだ」
9月に2人で上級生から怒られた。
俺は一度、風呂を沸かしすぎた。
ボコンボコンに沸かした。
風呂の蓋がエビ反っていた。
始めて見た光景だった。
「こんなにもエビ反るもんなんだなあ」
湯気の中の光景に感心した。
しかし、このままでは恐怖の連帯責任が待っているだけだった。
関係のない別の1年生4人までも責任をとらされる。
それだけは避けたかった。
ゴリンにして3年生に詫びを入れた。
その心に許しが出た。
俺も少し男になった。
男たちにとってゴリンは殴られる以上の恐怖の罰だった。
先生から怒られる時も
「殴られるのとゴリンどっちがいい」
と聞かれ、水泳部員は迷うことなく
「殴られる方です」
と答えていた。
怪我は3日で治るが、ゴリンは毛が生えるまで3ケ月かかったからだ。
豊山水泳部では風邪をひいて練習を休むとゴリンだった。
「健康管理も出来ない奴は、選手としての自覚に欠ける」
というのがその理由であった。
どこぞのプロ選手たちのように休んでいたら、1年中頭が寒くなってしまうところだった。
通常、男たちは3年間、1度も休む事はなかった。
風邪は気合で回避できるものであった。
寮の3年生には仲のいい2人がいた。
ブレストの石川晴大とバタフライの岩本健一だった。
二人はウェイトの練習中、よく、「ふぅぅ〜〜〜」という声を出し、首に青筋を立てて肩の筋肉を出して見せ合っていた。
ボディービルダーのようにして筋肉を出し、孔雀が羽の大きさを競うようにして、どっちが大きいか競っていた。
俺の方にも見せに、筋肉を出しながら歩いてきた。
対抗して出して見せたが勝てなかった。
競泳には必要のない筋肉だった。
石川は音楽が好きだった。
自分のラジカセの短波を使って、ラジオ局を開局した。
放送はベットの中からだった。
聞けるのはせいぜい半径400Mだった。
「こんばんわ〜。石川です。今日の音楽は。。。。」
1時間続いた。
毎週土曜日は9時から1時間開局された。
石川は男のロマンを共有したかった。
1年生は寮で必ず聞くように命令された。
そのうち石川は、どこまで電波が飛んでいるか知りたくなった。
「大和。グラウンドの反対側までいって聞こえたら手を上げろ」
俺はグラウンドのずーっと遠くまでラジカセを持って走った。
ラジカセの音に耳をすませた。
聞こえる。聞こえるぞ。
俺は手を上げた。
石川は喜こびをかみしめていた。
しかし、それ以上は無理だった。
グラウンドの向こうにあるマンションには電波は届かなかった。
ラジオ放送は寮生だけのもでしかなかった。
岩本は格闘技が好きだった。
この年、世間ではロッキー4が大ブレイクしていた。
岩本は日曜日、映画「ベストキット」のビデオを見ていた。
3年生は毎週日曜日、交代で夕飯のカレーを作らなければならなかった。
当番の3年生は日曜日、外出できず暇だった。
見終わって、岩本は興奮していた。
「大和!両手にバスタオル巻け」
俺は拳にバスタオルを巻いた。
目の前では岩本も一生懸命バスタオルを巻いて、手を大きくしていた。
岩本が言った。
「今日は俺を殴っても怒らないから、真剣勝負だ。絶対、手を抜くな。真剣にやれ!」
二人でボクシングをした。
男に勝負での妥協は許されなかった。
しかし、3年生相手に真剣に出来るはずもなかった。
別のある日曜日、その日も岩本がカレー当番だった。
岩本は暇だった。
「大和。スズメ食いてぇーなぁ」
岩本は小さなボール籠と木の枝、紐、パンくずを持って来た。
籠ひっくり返し、木の枝で支え、その枝に紐をつけた。
まるで日本昔話のようだった。
「お前、これ持って、スズメが来たら紐を引け」
そう言ってパンくずをまいて、カレー当番に戻っていった。
こんな仕掛けではスズメなど来るわけはなかった。
スズメ自体、一匹も見かけなかった。
石川の髪の毛はハリネズミのように硬い直毛だった。
石川は気にしていた。
ある日、岩本が言った。
「ハル(石川晴大)。マヨネーズつけると髪の毛やわらかくなるんだってよ。やれよ」
石川は断った。
当然だった。
その日、いつものように石川は風呂に入った。
なぜかいつもより長かった。
岩本は胸騒ぎを感じ、風呂のドアを開けた。
岩本の笑い転げる声が寮中に響いた。
石川は左手にマヨネーズを持ち、頭にマヨネーズをかけていた。
石川はうれしそうに笑いながら、相変わらずツンツンの髪の毛を見せに居間に出てきた。
シャンプーをしても髪の毛はまだ、マヨネーズ臭かった。
寮中がマヨネーズの匂いに包まれた。
夏休みがやってきた。
長水路での練習が必要だった。
東横線学芸大前駅にある日大水泳部の寮&プールへ練習へ行った。
大学の寮は男ばかりのむさくるしいところだった。
しかし、大学生は緊張しているわれわれ男達にやさしくしてくれた。
練習の合間、寮の食堂で昼飯を食っていた。
大学生のマネージャーが来た。
「お〜いお前ら、いなり食うかぁー」
男たちが返事をする間もなく、そばまで来た。
マネージャーはジャージを下げた。
白いテーブルの上に大きな金玉が2つ置かれた。
毛が生えていた。
「遠慮しないで食え。ちょっとカビてるけど気にするな」
そう言って、男たちの持っている箸を自分の物へ持っていこうとした。
上下関係の厳しい高校生の気持ちを気遣ってくれた男のやさしさだった。
大学へ練習に行くたびにマネージャーは男たちの所にやってきた。
「いなり食うか。ソーセージもあるぞ」
インターハイも終わり、男たちの夏も終わりに近づいていた。
3年生は進路について考える時期に来ていた。
岩本が来た。
「おい、お前ら、これ全部書け」
1年生の前に分厚い本の山が置かれた。
この時期になると郵送されてくる進学情報誌だった。
「ハル(石川晴大)の名前を書け。女子校の分は晴子って書け。ハルには見つかるなよ」
進学情報誌に付いている入学案内書送付願いのハガキを書かされた。
練習の後、毎日1年生全員で必死に書いた。
来る日も来る日も、分厚いハガキの束を、ポストに投函し続けた。
ちょっと快感だった。
1週間後、尋常ではない数の入学案内書が石川のところに次々と届きはじめた。
石川は誰のいたずらかはすぐに分かった。
石川は言った。
「もう〜やめてくれよ〜。いわもちく〜ん」
岩本は腹をかかえて笑っていた。
「お前らもっと書け」
岩本はあとで1年生にそう命令した。
年が明け、また春がやってきた。
岩本は東海大学水泳部へ進学した。
石川は水泳をやめ、デザイン系の専門学校に進学した。
その学校は、あの大量に届いた入学案内の中の1つだった。
そこには岩本と石川の熱い男の友情があった。。。
( 〜 ♪ ヘッドライト・テールライト/中島みゆき ♪ 〜 )
その後この寮は新しく立て替えられ、今はもう、あの熱き寮はなくなってしまった。