ARMORED CORE 〜lost logic〜
静かな部屋が一つあり、そこに一人の男が椅子に座ってディスプレイを眺めていた。
部屋は一辺の壁がすべてガラス張りになっており、柔らかな光が一人の男の背中をあたためている。
「さて……と」
金と黒の髪を後ろで束ねたその男は、誰に言うと無く、呟いた。
「勝てますかねぇ……」
言って間をおき、「彼が」とつけ加えた。
男は仕事をまとめて、立ち上がる。
「レイヴンの一人が、”災い“に取り憑かれ、そのレイヴンのラグ・ウィング君が、元凶である私に、実力的な手段で、ウサを晴らすため、決戦を望み……」
一息。
「これから、結果を出す」
言い終わって彼は空を見た。
広く、大きい……しかし、地下につくられた偽物の空。
「……静かですねぇ……」
そして笑う。
「最後の詰めですからね。盛り上がらせたいですねぇ……」
見る者が見れば、悪戯っ子のような、醜悪な、紳士な、様々な意味の取れる口調と表情で、彼は言った。
過去にジェノサイドと戦ったその廃工場は、もはや工場だった面影はない。
廃墟。
アスファルトと瓦礫。それが決闘の場である。
その場に、ラグのAC”テンカウント“は一つたたずむ。装備は強力なミサイルと多弾頭のミサイルを肩に、そして手にはマシンガンを装備している。
見つめる先にはジェノサイド。”殺戮者“の名を冠したカスタムACの残骸が横たわっている。象徴とも言うべき巨大な杭が建物の残骸にもたれかかり、その切っ先を斜め上の空に向けているだけだ。
ラグは思う。この”ジェノサイド“も、”死者の魂“も、共に、”災い“に取り憑かれ、滅んだのだと。
そして、ナルミも”災い“によって怪我を負った。
唯一、”災い“に翻弄されていないのが”保安官“だ。
彼が今、この場にいるのか、ラグは確認できないでいる。しかし、遠くで見守ってくれることを望んでいた。彼の戦い方と同じように。
一連の”災い“に関する事件を思い出してラグは小さく息を吐き、前を見据えた。
いつの間にか、一人の男がジェノサイドの残骸に座っている。黒と金の髪と同じ色の瞳を持つ男。スケルツォ・フィレンツェだ。
『ようこそ。よくお出でくださいました』
無線機を使っている様子もないのに、無線から声が響いた。
『……よく、来る気になりましたね』
嘲笑うように、スケルツォは問う。
「ああ、なんでだろうな」
全ての決着を付けるため。全ての元凶を倒すため。と言えば聞こえはよいが、実際ラグはそのつもりでここには居ない。
ただ、自分たちをいいように弄ばれて、腹が立ったからその報復に来た。
それが事実である。
『ならば一つ。戦う理由を示しましょう』
言ってスケルツォは立ち上がった。
『私は今、”災い“を持っています。圧縮した、”災い“と言う名のプログラムを』
スケルツォは笑う。
『私を殺すことが、”災い“を払うことになります。これ以降、”災い“によって悲劇も喜劇も活劇も生まれなくなります』
「いかがです?」と彼は訊ねた。
「……そんな理由無くても、戦ってやるよ」
不機嫌そうに、ラグは言った。
スケルツォは深く頷く。
『よろしい。迷い無し。ですね。ならば……』
直後に跳躍した。高さ、距離共に、人間には不可能なほどの跳躍だ。
その跳躍先の瓦礫に、動きがあった。瓦礫が盛り上がり、中から巨大な人影があらわれる。
ACだ。
しかし、通常のACのシルエットではない。本来、両肩に担ぐように装備するミサイルを手に持った、巨大なACだ。
右肩には実弾・エネルギー両方の二本のキャノンを装備し、左肩には見たことのない箱のような装備があった。
スケルツォは、その箱に飛び乗った。
『私ね、人間じゃないんですよ。ロボットなんです』
言って、その巨大なACの胸が開いた。中にはコードがひしめいている。
『脳味噌は、コンピュータウィルスを圧縮して、その上にデータを書き込んで、”私“をつくっているんです』
コードがスケルツォに延び、各所にまとわりつく。
『私はウィルスの集合なんですよ。そして今……』
がんじがらめにされたスケルツォは、コードの導きによって巨大なACの内部に納められた。
『”災い“も、私の一部です』
巨大なACの瞳に、灯がともる。
それを見ていたラグは、呆気にとられていた。
『ラグ・ウィング君。遠慮は無用ですよ。機械は壊れたら直せばいい。私も、壊されても2〜3年で復活できますから』
その言葉に、ラグは我に返った。
「なら、行くぞ! 遠慮はしねぇ!!」
ラグは言葉と共にミサイルを放った。
敵ACの動きはその大きさに見合わず速いが、それでも重量級ACより多少速い程度である。ミサイルはかわせなかった。
『気合い入ってますねぇ……』
気楽にスケルツォは言った。その口調とは裏腹に、巨大ACの攻撃は厳しい。お返しとばかりに手に装備した5連のミサイルで攻撃したのだ。
その一発を、ラグはかわしきれずダメージを受けた。
『普通のACで戦っても良かったんですけど、それじゃぁ盛り上がりに欠ける気がしまして……』
それに。と彼は繋げた。
『私はレイヴンじゃありませんし。そうそうあなたは何故レイヴンに?』
問いかけつつ攻撃の手はゆるめない。左肩の箱が光ったと思うと、虹色の光線が前方に広がった。拡散ビームだ。
ラグはそれを後方に移動してかわしつつ答えた。
「明日の生活費のためだ! 悪いか!!」
拡散ビームの射程は短いらしく、”テンカウント“へのダメージはほとんど無い。
スケルツォは笑った。
『悪くないですよ。と、言うより……当たり前じゃないですか?』
巨大ACの折り畳まれた二本のキャノンが、同時に発射形態へと変わっていく。
『でも、不思議ですね?』
発射。
ラグはかわす。続く爆発音は一つ。
「……!?」
敵は、片方のキャノンしか撃っていなかったのだ。
ラグは虚を突かれる。
『生きるために、何故死と隣り合わせになる必要があるんです?』
発射音と衝撃。”テンカウント“は直撃を受けて大きく吹き飛ばされた。
飛ばされながらラグは考える。
俺は、何やってんだ?
生きるためにレイヴンになり、命の危険の少ない仕事を選択し、今まで生きてきたはずなのに……俺は、今、何をやっているんだろう?
自機の足がしっかりと地を噛み、止まったところで答えを出した。
殺し合いか。
哲学的な答えではなく、ただ、現状だけを見た答えを出した。詩的な答えは後になって出せばよい。
武器をマシンガンに切り替え、敵を捕捉し、発射し続けた。
ある時は近寄り、ある時は離れて攻撃を続ける。
強力な武器を使って、一気に決着を付けるつもりはない。焦れば失敗する。大体、それは自分の戦い方ではないと、知っている。
ただ一つの不安は……ナルミが居ないことだ。ラグはそれを考えないように敵に攻撃をし続けた。
長い時間が過ぎる。
”テンカウント“の装甲耐久度を示す値が、初期値の七分の一ほどになっている。危険だ。
敵ACのダメージのほどはわからない。が、敵の方が有利なのはわかった。
「……スケルツォ、俺を殺して何の得がある?」
敵ACは跳躍した。空中から狙い撃つつもりだろう。
『殺すことに得はありませんよ。むしろ損ですね』
時間差で、キャノンが放たれる。
「なら……何やってんだ、あんた」
回避・着弾・爆風・着弾・回避・爆風。
かわしきれなかったキャノンの一撃で、”テンカウント“はエマージェンシーコールをあげた。
視界は爆炎でふさがれている。
後退……しようとして、考え直し、前進した。
背後に巨大な着地音。
『おや、失敗。いい判断ですねぇ……。えっと……私は、”物語“の”ラスボス“として、いま、あなたと戦っているんです』
余裕のある、情緒を含んだ答えだった。
再度、敵ACが飛んだことをラグはレーダーで確認した。
敵は……遊んでいる。
ブーストを吹かせながら前進していたラグは、その機体を旋回させた。勝つには攻撃を当てる。攻撃を当てるには、正面で捉えなくてはならない。
その、地上を走るACの動きが不意に止まった。何か、障害物に引っかかってしまったのだ。
災いは汝らと共に・・・
声が、聞こえた気がした。
”テンカウント“の足下には残骸となった”ジェノサイド“があった。
呪いは償い切れぬ罪と共に・・・
敵ACは再度キャノンを発射する。
−−俺に、何の罪があるってんだ!!
冷静さを欠き、がむしゃらにジェノサイドを振り払った。
着弾。
しかし、キャノンは、外れた。だが爆炎は残る。
敵が落ちてきて、ブレードでラグに止めを刺した。
憎しみだけが傷跡(あざ)を残す・・・
かに見えた。
煙が晴れると、そこには胸に杭を打たれた巨大なACがあった。
「ジェノサイド……?」
残骸となったジェノサイドの象徴たる武器が、スケルツォの乗る巨大なACの胸に風穴を開けたのだ。
その穴の隙間から、スケルツォが見えた。
上半身は、完全に吹き飛ばされている。
「……終わっ……た?」
直後、通信が入った。
『ラグ・ウィング君!! 早くそのACから降りなさい!!』
紛れもなく、スケルツォの声だった。
「あんた……!」
『いいから降りなさい!! 言ったでしょう、私は死んでも生き返るって!! いいから早く……!!』
彼が言い切る前に、”テンカウント“に異変が起こった。
各種アクチュエータが、唸りをあげている。本来ならコクピットには聞こえないはずの、その音が。
ラグは慌ててハッチを開こうとした……が、それは叶わなかった。
『……すみません。保管していた”災い“が、さっきの一撃で……解き放たれてしまいました』
ラグの顔が青ざめる。
『どうか……。どうにかして、生き残ってください。私は……しばらく死んでます』
言い終わって突然通信が切れた。
ラグは彼の名を叫んだ。しかし、やはり返事はない。
「……しっかり保管して置けこんちくしょう!!」
コクピット内のボードを叩いた。熱い。
火傷をするほどではないが、確実に機体内の温度は上昇している。
「どうしろって言うんだよ……」
言いつつ、我慢して操縦桿を握り直した。まだ、握れる。
そして助けを呼べる場所まで移動しようとしたとき、再度通信が入った。
『”災い“に、取り憑かれたのか?』
この声には聞き覚えがある。”WYATT“を駆るA−Kだ。
ラグはほっとして答えた。
「ああ。悪いけど、コクピットこじ開けてくれないか?」
しかし、その答えはラグの期待とは正反対のものだった。
『それでは”災い“を逃がしてしまう。悪いが……本当に悪いが、”災い“と共に……逝ってくれ』
一瞬、ラグはその意味を理解できなかった。
数秒して、ラグが声を上げる。
「何でだよ!! 何で俺も一緒なんだ!?」
答えは淡々としていた。
『AC撃破後、”災い“は逃げる。ハッチを開けても、逃げる。経路はACの無線を通してだ』
彼の言葉は続く。
『都合の良いことに、ここ一帯には逃げ道がない。この”WYATT“を除いて。そして……”WYATT“の装備ならば、通信圏外から、攻撃できる』
「ふざけんなよ!!」
『”災い“の恐ろしさを知っているお前が言うな!!』
突然のA−Kの口調に、ラグは言葉を失った。
両者のあいだに、数秒の間が空く。先に声を放ったのはラグだ。
「あんたは、”保安官“なんだな……」
『……ああ。遺言は……?』
それを聞いてラグは拳をボードに打ち付けようとして……とどまり、ゆっくりと答えた。
「遺言じゃねぇけど……俺が死んだら、俺の手をナルミ・ステンシルに移植してくれ。あ、俺のだって伝えないでくれよ? 気味悪がるといけねぇ」
『わかった。以上で通信を切る。……良い旅を』
通信が切れた。
直後。
「死にたかねぇんだよっ!!!!!!」
思い切り、コクピットハッチを蹴った。
ラグは暴れる。決して手は使わずに、足や身体だけでコクピットハッチをぶち破ろうと体力の続く限り、攻撃を加え続けた。
ラグは、決して納得していないのだ。
しかし、コクピットハッチがそう簡単に開くはずがない。加えて今も機体内の温度は上昇していて、ラグの体力をじわじわと奪っていっている。
「このクソがッ!!」
A−Kは容赦なく攻撃を仕掛けてきた。装甲の耐久力が0になる。
「クソがっ! クソがッ!! ……っくそぅ……」
崩れるように、シートに身を埋めた。
「なるみぃ……」
そして、力尽きた。
正午を過ぎても、ナルミの元にラグは来なかった。
「…………」
無言のまま、ナルミは待つ。
13時を過ぎたところで、病室のドアを開く者が居た。
「ラグ!」
そこに立っていたのは、黒髪の青年。しかし、ラグではなかった。
「スケルツォに……蹴り入れてた人……」
「スケルツォ社長の元側近、ガイ・グラッドです」
彼は、抑揚無く言った。
「……元?」
オウム返しに訊くと、彼は頷いた。
「社長は死にました」
彼の表情は、泣くのを我慢しているような、そんな顔だった。
ナルミは訊ねる。
「それを伝えに?」
ガイは首を横に振る。
「あなたの手の移植者が、決まりました。これから手術です」
ナルミはまた質問する。
「その人は……?」
「伝えられないことになってます」
ナルミの、続く質問はない。
訊きたいことは、あるにもかかわらず。
「……他に、ご質問は?」
唇を、噛んだ。
「無いなら……」
「ラグは?」
ガイが、さらに悲しみの表情を濃くした。
「ラグ・ウィングさんは……死にました」
聞いた瞬間、ナルミの顔が歪む。
「私が、社長を止められる位置にいれば……」
ガイが押し出すように言葉をつくるが、ナルミはそんな彼を睨んだ。
ガイは言葉をつくるのをやめた。
一礼して、ガイが病室を去ると同時に、ナルミはその場に崩れる。
泣きはしない。約束したのだ。ラグが居なくても、泣かない。と。
しかし、それ以前に……信じられないのだ。
「ラグ……?」
泣くことも、怒りをぶつけることも、何もできず、ナルミは一人、彼の名をつぶやいた。
ナルミは、今も戦場にいる。
『お前は……ふぅん、今噂になってるレイヴンか』
敵となるレイヴンが笑うように言った。
逆に言われた人物は聞こえるように鼻で笑い、白い手袋をはめ直す。
『”Lost WING”さんよ』
しっかりと操縦桿を握り、対峙したACに目を据える。
ラグを……ラグ・ウィングを失ってからナルミはレイヴンネームを変えた。
『”失った翼”ってなぁ……どういう意味だ?』
彼女は答えない。
かわりに、自分の中で反芻する。
−−失っただけだ。死んでない。
そして敵レイヴンに告げた。
「相手が悪かったと思え」
直後に攻撃を開始した。
二度と私が泣かないように 私は 彼のために 強くなる
ARMORED CORE 〜lost logic〜
END