ブレーメンのAC乗り
『親がいないんだってね……』
『かわいそう……』
『かわいそう……』
『かわいそう……』
『あいつ、いつも一人なんだよ』
『気持ち悪い……』
『気持ち悪い……』
『気持ち悪い……』
『何だその反抗的な態度は……!』
『ひねくれ者だ……』
『ひねくれ者だ……』
『ひねくれ者だ……』
……どうでもいいさ。そんなこと……。
『大丈夫か?』
『一人で無理なら言えよ。ば〜か』
『まったく……』
……何で……何でみんな言うことがバラバラなんだ……。
一人の少年が夢から醒めた。
「くっそぉ……」
布団を押しのけるなり言った彼の言葉は憎しみそのものである。
――嫌な夢を見た。
それは覚えている。しかし、どんな夢を見たかは覚えていない。
「また……悪夢か……!」
彼の見る“嫌な夢”は一種類の悪夢以外にない。それ以外の辛い夢など、彼にとっては気に止めるほどのものではなかったからだ。
しかし、今日は違う夢を見た。
それに気がつかずに彼は呟く。
「僕は……」
――まだ弱いのか。あの夢をまだ見るほどに……!!
頭を抱え、眉間にしわを寄せたその表情は、誰かを憎んでいるようにも見え、また、今にも泣き出しそうにも見える。
「強くなってやる……」
喉の奥から声を出した。
「誰より強くなってやる! 二度と……二度とあんな夢を見ないように!! 強く……!」
嘆き。
人が聞けばそれは嘆きとしか取れない決意の言葉だった。
その夜嘆いた少年は、“ソルティ・ドッグ”と名乗っている。
「今日の仕事だ」
メンバーを集めたおっさん――R・B――は、そう言って資料を「ぱすん」と机に放った。僕はそれを無視する。昨晩の嫌な夢のおかげでよく眠れなくて身体がダルイからだ。
悪夢。
僕は父を亡くしてから悪夢を見るようになった。父が死んだ、その場面を僕が同じように演じるのだ。だけど僕は死なない。
父は僕と母を護ろうとして、死んだ。
僕は同じ場面で、死なない。そして、誰も助けられない。
嫌な夢だ。悪夢だ。父は僕より強い人だった。だけど死んだ。
僕は強くならなくちゃならない。父よりも強く――。
悪夢を思い出し、きゅっと拳に力を込めた。するとプッシーフットが抑揚のない口調で訊ねてくる。
「どうした?」
表情のない仮面のような顔をしていた。
「なんでもないよ……」
僕はこの人が怖い。最初のミッションで、勝つために僕が撃破されるのをただ待っていたからじゃない。何故か……恐怖心が生まれる。
そんな恐怖心を押し隠し、何事もないようにチキン兄ちゃん――この呼び名で充分だ――に話しを振る。
「今度の、どんな仕事?」
すると僕に資料の一部分を渡してきた。受け取って目を通すと、そこにはチームの名前が書いてあった。
「カラサワフリート……?」
続く資料には四人分のプロフィールが載っている。僕はそれを読もうとして……資料を取り上げられた。取り上げたのはプッシーフット。
「なにするんだよ〜」
と反抗したら睨まれた。僕の背筋が凍り付く。冗談で取り上げたのではないらしく、全くの素の表情だった。
僕らの様子を見てかわからないけど、R・Bのおっさんは助け船よろしく解説を入れてくれる。
「そのチームが、今度野良試合する相手だ。なんて事はない、流しのレイヴンで、対戦についてはこちらから依頼した形になる」
「どうして? 何か得ある?」
僕の苦し紛れにも似た質問を、おっさんではなくチキン兄ちゃんが煙草を取り出しつつ答えた。
「社の方が俺らの実力見たいんじゃねぇの?」
トントンっとリズム良くパッケージの角を叩かれながら頭を出した煙草は、兄ちゃんに一本引き抜かれると、数秒弄ばれてようやく彼の口にくわえられた。
僕は何気なしに窓に近づく。煙草は嫌いだ。
「まぁ、タンバリンの言うとおりだ」
兄ちゃんが火を付けるのと同時におっさんが頷く。だけどプッシーのねぇちゃんは反論した。
「それにしては相手が強すぎる」
背筋が再度凍り付く。僕に向けられた言葉じゃない。だけど、今まで以上に……怖かった。
違う。プッシーが怖いんじゃない。
僕が勝手に怖がってるんだ。
なんでだろう?
疑問を隠すようにプッシーが見終わった資料に目を通す。
「そうか? 偏ったチームだろう。みんな武器はKARASAWAだし……」
兄ちゃんの反論に僕も平静を装って乗る。
「だねぇ。趣味人の集まりじゃん」
「ま、その点言ったら俺らも負けてネェけど」
兄ちゃんがそう言って笑うので僕も「確かに」と言って笑った。
だけど笑いで誤魔化していた僕の心を、再度プッシーは凍らせる。
「あまり甘く見ないことだね。奴らメンバーはこれ以外にロストナンバーを含めれば全員で14人。昔から流しでレイヴンやっているんだ、腕は立つ」
その言葉には、今まで以上に感情がこもっていなくて……それでも表情には微かな憎悪が浮かんでいた。
僕はようやくわかった。何故、僕が彼女を怖がるか。
紙一重なんだ。僕の父さんを殺した奴と。
そしてそれを隠して、それでも時々あふれてくるから……それを僕が感じ取ってしまうから、僕は彼女を怖がるんだ。
きっと彼女は復讐する相手がいる。どんな経緯だかは知らないけど、きっといる。
彼女が復讐を果たそうとするとき、僕はどうするんだろうか……。
「それに……」
「それに、奴らはカラサワ使いだ。カラサワは扱う奴が扱うと最強の武器となる」
「だろう?」とおっさんは続けたけど、プッシーの姉ちゃんは曖昧な返事をするだけだし、僕もその辺については興味がない。
ただ、兄ちゃんだけが、
「へいへい、肝に銘じますよ」
と戯けて肩をすくめた。
僕はそれを見逃さない。どうあっても今の怯えを拭い去りたいからだ。
「ち〜き〜ん〜」
できる限り戯けて言うと、
「まぁけぇいぃぬぅ」
彼も期待通りの返事を返してくれた。
“負け犬”と呼ばれて良い気はしない。だけど、彼が言うとどこか安心できる響きを持つ。
それに、別に負けてもいい。僕はただ、強くなりたい。
僕らを護ろうとして死んだ、父さんよりも強く――。
そんなこととは関係無しに、僕は笑って会話を続ける。
……疲れる。
対戦する場所は丘陵地帯だった。
前面には小さな丘があり、背後には渓谷がある。渓谷と言ってもACにとっては何ら問題ない規模だ。
僕はその戦場を見回して、不意に空を見た。
青い。
赤茶けた大地とは対照的な、清々しい青だ。
続けて僕は対戦相手のACを見る。全員が全員KARASAWAを持っていた。
KARASAWAは「強い」武器だ。僕の使っている腕武器グレネードよりも、使い勝手によっては遙かに「強い」。だけど僕はそれを持とうとは思わない。
僕自身が「弱い」からカラサワも「弱く」なる。
だから攻撃力だけ突出したこの両腕武器を使っている。
もう特に見るものはない。チームメイトの武装なんて見たところで僕にとっては関係ない。
「今回のバトルはバトルロイヤル。最後まで動けるACがいた方が勝ちだ。注意点は相手を殺さないこと」
「クライアントから聞いている。だからといって手加減はしないぞ」
代表としてR・Bのおっさんと、相手チームの一人が会話した。それだけで会話が途切れて場を静の音が包んだ。
程なく自機ACのモニタに“READY”の文字が重なる。
操縦桿を握り直す。
“GO!”
指示と同時に、直線上にいるACめがけてキャノンを撃ち込む……!
だけど敵はそれを巧みにかわす。もとからこの一撃を予想していたみたいだ。そして敵は僕を無視してR・Bのスレイプニルへと向かう。残りの三機もスレイプニルを集中攻撃するため集合しつつあった。
「っはぁっ!!」
僕はもう一度キャノンを発射した。しかし、やはりかわされる。
敵はそれぞれがそれぞれの戦法でスレイプニルを集中攻撃しはじめた。
三機が地上から攻撃し、二機が空中から攻撃していた。
……計五機?
よく見れば、空中の敵は二機ではなく一機だった。見間違えたのは、バカ兄ちゃんのファルコンだ。
「にーちゃん!! なし味方攻撃しとん!?」
あまりにびっくりしたので地元の方言で訊ねてしまった。幸い相手には意味が通じたようだ。
「ちっげぇよ!! 跳んでる敵と戦ってんだよ!!」
その反論は「私にも当たってる!!」というおっさんの突っ込みであえなく粉砕されてしまった。
そんな漫才コンビを無視して僕は一撃キャノンを発射する。今度こそ密集していたので多少のダメージは与えられた。けど、クリーンヒットにはほど遠い。
爆炎が晴れるかと思った頃、スレイプニルに青白い三日月形の光波がぶつかり砕けた。
「強化人間がいるとは資料には!!」
言いかけて通信が入った。
「……すまん」
その声は照れている様子の女性の声だった。……プッシーの姉ちゃんだ。
「ねーちゃんまさか……」
「だからすまん」
たった二言だけど、今までの姉ちゃんのイメージを叩きつぶすのに充分な通信だった。
僕は笑った。笑ってキャノンを乱射する。
「ソルティ!! 私がいることを忘れ――」
忘れることにする。敵に当たればダメージが大きいのが僕の武器。だから僕は乱射する。少しでも敵を撹乱するように。少しでも敵にダメージを与えるように!!
「っはははははははははははははははははははははははっ!!!!!」
僕の笑い声が聞こえる。気分がいいといつもこうだ。テンションが上がって、勢い余って、中のものを外に出したくなって、笑う。
「ははっ、ははっ、あはははははっ!!」
一瞬コクピット内に陰りが生まれた。
「はっ?」
見上げると上空には敵が居て、僕を捕捉していた。
――こりゃ、喰らったなぁ……。
一撃喰らう。
二撃目。
続けて三〜五発も喰らう覚悟をしていたけれど、だけど予想に反してそれ以上の攻撃は続かなかった。
「大丈夫か?」
違う。続かなかったんじゃない。
「大丈夫……って!?」
かばわれたんだ。R・Bのスレイプニルに。
「AP少なくなったから……無駄にやられるより効率的だろう?」
そして彼の機体は黒煙を上げた。戦闘不可だ。
頭上の敵は射線を阻まれ、標的をタンバリンのファルコンにかえている。残る三機も同様だ。
「っ!!」
目標を切り替える数秒の隙をつき、僕は地上の三機に攻撃を仕掛けた。
着弾。
爆炎が巻き起こり三機同時にダメージを与えた。爆炎が晴れる前に僕はその三機の間を駆け抜ける。
渓谷の縁付近で方向転換。敵は二機、射線上にいる。
「っうーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
発射。
敵に攻撃が当たったかどうかは確認せずに渓谷へ落ちる。直後、頭上を六連のミサイルが駆けて消えた。
――何故、笑えないんだろう。
笑おうとした。だけど笑えなかった。声が上手く出ない。
レーダーを確認すると、僕を追ってくる敵は居ないようだ。
調子が出ない。
一気に突っ込んで、吐き出すもの吐き出して、すっきりする。それが僕のスタイルだ。
だけど今は、物陰に隠れてじっとしている。動きたくない。
敵が怖いわけじゃない。
護られて、救われたからには、僕は生き残らなきゃダメだ。
――僕は悪夢に縛られてる。
だから負けるのが怖い。
再度レーダーを確認し、軽くジャンプする。渓谷から半身身を乗り出して、敵にキャノンをまた発射した。着弾確認はせずにまた隠れる。
僕の闘い方じゃない。
渓谷の底に着地した。その瞬間、自機に衝撃が走る。
「!?」
敵だ。空中から僕を狙っていた、あの敵だ。
僕は自機を後退させつつ相手に向き直った。だけど僕の機体は重量級で、敵の機体は軽量級。逃げ切れるとは思っていない。
空中の敵に向かって弾を発射する。かわされる。
攻撃を喰らいつつ追いつかれ、すれ違いざまにブレードの一撃。そして僕の機体の背後に回る。
「このぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
僕は必死で自機を旋回させ、敵が視界に入った瞬間キャノンを発射する。乱射だ。
しかし、当たらない。
敵は嘲笑うかのように空中から僕を攻撃し続ける。
「っ!!」
冷静さを欠いた僕の攻撃は、敵の真下めがけて飛んでいった。直後、敵機体は真上から何かに殴られたように下降し、丁度僕の撃った弾に当たった。
「一人で無理なら言えよ。ば〜か」
タンバリンだ。
敵の急降下は、兄ちゃんの撃ったミサイルが直撃した為だった。
「まったく……」
げんなりした調子でプッシーも現れた。
レーダーを確認すると、敵機の反応が目の前にいる一機だけになっている。
「どうやって!?」
三対二で勝てるはずがない。だけど兄ちゃんは笑って言った。
「ちっとばっかし裏技を、な」
その会話を遮るように残りの一機が攻撃を仕掛けてくる。
「っははははあっ!!!」
僕は笑いながら三人で集中攻撃をかけた。
――現金だなぁ……。
僕が戦闘を終わらせて渓谷から上がると、何故かほとんどダメージを受けていない残りの三機の機体が並んでいた。
「!?」
僕はびっくりして身構えたけど、すぐに通信が入る。
「大丈夫だよ。言っただろ、裏技使った。って」
兄ちゃんは笑ってまた言った。僕が不思議そうにしていると、おっさんから解説が入った。
「あの二人、敵をうまく誘導して作戦領域外に追いやったんだよ。彼らは”戦闘“にはなれていたが、”ゲーム“にはなれていなかったと見える」
僕は呆れてチームメイトの二人に言う。
「あ……アタマ悪ぅ」
脱力した。
「はっはっは。俺らは弱いからな」
「一緒にするな」とプッシーフットからツッコミの通信が入る。
弱いから――弱いなりの闘い方をして、勝った。
敵チームは、仕事が終わったので退散する。彼らを見送りつつ、おっさんが通信を入れてきた。
「奴ら、いいチームワークだったな」
頷く。頷きつつ、笑う。
「あはははは。うちらチームワーク無し!!」
僕は笑い続けた。
だから思う。僕が本当に笑える場所は、ここだと。そして、みんなの足を引っ張らないくらいには、強くなろうと。
その夜、僕はあの“悪夢”を見た。とても抽象的な夢だ。
僕は、何かに“勝った”。でも、そのせいでその相手の“大切なモノ”が壊れてしまう。
相手は僕を恨み、そして襲いかかってくる。
僕の後ろには、僕の“大切なモノ”がある。
僕はそれを守ろうとして――しかし、守りきれない。
僕だけが生き残り、後ろの“大切なモノ”は壊される。
それが僕の“悪夢”だ。
僕の父さんは最後に“大切なモノ”を守りきった。
でも僕はいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも……いつも!!!
いつも僕は守れない。
僕は今日もその夢を見ている。
今正に、相手が襲いかかってきたところだ。
ふと、後ろを見ると、なんて事はない、年老いたイヌが一匹いるだけだ。僕はイヌを飼ったことはない。
だけど……。
僕はそのイヌをかばった。
するとどうだろう。今までどんなに頑張っても守りきれなかった僕の後ろにいたモノを、今回はいとも簡単に守れてしまった。
「あれ……?」
そして僕は死んだ。
死んだ後、ゆっくりと考える。
“何故かばったか?” “何で守れたか?”
そんな事じゃない。
“僕はなんで一人でいるんだ?”
僕の後ろに守るものが無かった。“大切なモノ”が何も……。
それに、何で居たのがヨボヨボのイヌなんだ?
でも……。
何故だろう。酷く寂しい。
今まで一人でいることには何にも感じなかった。ずっとそうだったから。
でも……。
何でだろう。誰か大切な奴らを忘れてる気がする……。
突然、がんっ!! と後ろ頭を蹴飛ばされる。
「何すんだよ!!」
振り向くと見た憶えのある男が笑って立っていた。
「一人で思い出せねぇなら言えよ。負け犬ぅ」
背後で、それより年長の男も言う。
「こら、これ以上こいつがアタマ悪くなったらどうするんだ」
若い方の男は「ショック療法」と笑って言う。
ふと、自分の死体を見ると、一人の女性が無表情に、しかし丁寧に埋葬している。
――そうか、こいつらは守らなくても大丈夫なんだ。
大体、大人しく“守られる側”にはまわってくれないだろう。
と、いうことは……ああ、そうか。
僕は強くならなくちゃならないんだ。自分が死なないように――。
そして僕は夢から醒めた。
がばっ! っと身を起こすといつもと同じ部屋の中だ。
「あれ?」
記憶が混乱している。
いつもの“悪夢”を見た憶えはある。でも、何故かすっきりとした気分だ。
「あっれー?」
わしゃわしゃと頭をかく。けど、何も思い出せない。
「……ま、いっかぁ」
そして僕はまた眠った。
その日はよく眠れて、そしてそれ以来僕は“悪夢”を見なくなった。
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