ブレーメンのAC乗り

 地下都市サジェスシティの中央繁華街は、にわかに活気づいている。時刻の頃は昼時より少し早いくらいだ。昼時の混雑を避けて、この時間に食事をとる算段だろう。それでもその人数は少なくはない。
 プッシーフットはその街並みを窓の外に見ていた。
 ――うどんか……たまにはソバもいいな……。
 ぼーっと昼食の献立を考えながら、彼女は人々の営みを眺めて居る。
 その彼女の背には、男が三人。ブレーメンのメンバーだ。
 今日彼らがここに集まったのは、依頼内容の伝達と、任務に対するミィーティングを行うためである。
「さて、今回の任務だが……」
 R・Bが資料を手に声を張った。しかし、直後にずずっ、という何かをすする音が室内にこだまし、出鼻を挫かれた彼は、「その前に、だ」と手にした資料を机に置き、目の前の男を見据えて言う。
「タンバリン! なにを食べている!!」
 言われた男、タンバリンの手にはカップラーメンがすっぽりと収まっていた。そして、そのカップから麺が、彼の口へとのびている。
 R・Bの問いに、まず返ってきたのは麺をすする音だった。そして次にスープの飛沫が届き、最後に言葉が届く。
「カップ麺」
 「そんなことは見てわかる!!」彼はミィーテング中に食事をとっていることを責めたかったのだが、その言葉は飲み込まれた。
「見てわかるよねぇ」
 ソルティ・ドッグが脳天気に相づちを打ったからだ。彼は飲み込んだ言葉の続きをタンバリンにぶつける。
「そうじゃなく、私たちはミィーティング中なんだ! お前は……」
 そこまで言って、今度はプッシーの言葉に阻まれた。
「私も頂くか」
 たまにはカップ麺も食べたいな。彼女はそんな理由から昼食を決定したのだ。明日の食のためにレイヴンをやっている人間が聞いたら、怒りに狂いそうな理由だが、彼女はそれを口にはしなかった。
 「お前まで……」と注意するR・Bの言葉を、プッシーは全く気にしていない。
「あ、その棚の中に入ってる」
 麺を口に含みながら親切にもタンバリンは箸で棚を指す。
「箸でものを指すな。行儀が悪いぞ」
 彼女は逆にそう注意しながら指示された棚に歩み寄る。
 R・Bはもはや怒る気も失せて無言でうなだれてしまった。「注意されてやんのー」というソルティの笑い声も耳から耳に通り過ぎ、「こいつらの神経はどうなっているのだろう」と考えるのが精一杯となっている。
 プッシーが棚の扉をからからとスライドさせると、棚いっぱいにカップ麺が並んでいた。彼女はそれをじっと見て、手に取ろうとはしない。R・Bもそれを見た。
「……いつの間に……」
「非常食」
 タンバリンのその答えにまたR・Bは脱力する。
「……タンバリン」
 カップ麺を見つめていたプッシーは不意に彼に問う。
「なんで豚キムチしかないんだ?」
 しかも全て『1.5倍』と書かれている。
「ん? いや、安かったから」
「朝から豚キムチ1.5倍か……」
 不満を口に出しながらプッシーフットはカップ麺にお湯を注いだ。
 しばらく呆然としていたR・Bは、多少の平常心を取り戻し感想を述べる。
「……大体、非常食というのは乾パンと相場が決まってるんだ」
 自分でも「何を言っているんだ」というような言葉だが、何も言葉を発しないよりはマシに思えたのだ。しかし、それは失敗だった。その何気なく言った不満の言葉にタンバリンが反応したのだ。
「おやじくさっ。っつーか、乾パンって口の中の水分吸っちゃって何かヤダし」
 ソルティもここぞとばかりに会話に参加する。
「あはははっ。僕、乾パンって缶に入ってるからカンパンだと思ってた〜」
「ははっ、ばーかばーか」
 横ではプッシーフットがじっ……と時計を見つめていた。
 ――こいつらは……。
 とうとうR・Bは若者を諭すことを観念し、無理矢理ミーティングをすすめることにした。
「まぁいい。それで今回の作戦だが……」
 タンバリンは気にせず麺をすする。
「地上に出て……」
 まだすする。
 プッシーフットも割り箸を裂き、手を合わせて小さく「いただきます……」と言うと、麺をすすりだした。
「……を回収……」
 麺をすするプッシーフット。スープをすするタンバリン。二人の食事の音がハーモニーを織りなす。
 そして、タンバリンは最後の一滴をすすり終わった。
「ぷはぁ! ごちそーさんっと」
 R・Bの邪魔をしているとしか思えない声量で、彼は言った。その表情は実に満足そうである。
「あー、それオヤジ臭い〜」
 ソルティの突っ込みも、もはや今のR・Bにとっては嫌味にしか聞こえない。
 とうとうR・Bは口を閉ざしてしまった。それでも二人の会話は続く。
「いいじゃねぇかよ。っと、あれ? 煙草何処やったっけ?」
「私は食事中だ。他の場所で吸え」
「ンじゃトイレで……」
「えー、こもるからヤダぁ〜」
 とうとう、R・Bがキレた。
「お前ら! 私の話を聞けっ!!」
 ばんっ、と机を叩く。しかし、若者に悪びれた様子はなく、「んぁ〜?」と馬鹿にしたような声を発しただけにとどまった。
 ――もう我慢の限界だ!!
 実力行使に移そうかとR・Bが考えた瞬間に、水を差すような声が響いた。プッシーフットだ。
「聞く必要もない。先ほど粗方読ませてもらった」
 ――いつの間に……。
 R・Bだけでなく、その場にいた男全員がそう思った。しかしそのおかげで、R・Bはようやく平常心を取り戻す。いちいち相手をしていたら精神が持たない。そう結論を出し、大人しく彼女の話を聞くことにした。
「今回の仕事は一人でも十分達成可能だ。私は遠慮させてもらうよ」
 そう言ってまた麺をすする。彼女の中ではもう、自分はミッションに参加しない。と決定されたのだろう。
「んじゃ、おっさん行く〜?」
「この間も私だったろうが。タンバリン、お前が行け」
「嫌だね。めんどいし」
「…………」
 しばらくの沈黙と麺をすする音だけがそこにあった。静寂を破ったのは意外なことにプッシーフットである。
「ふぅ、ごちそうさま。……なんだ、まだ決めてないのか。なら、アレで決めるしかあるまい?」
 不敵な笑みを浮かべながら彼女は言って拳を振った。
「っはー、もー。弱いなぁ、僕」
 ミィーティング帰りの道すがら、ソルティ・ドッグはチョキの形で固まっている手を見て呟いた。結局は誰が任務をこなすか、ジャンケンで決めたのだった。
「ぐーう、ちょっき、ぱー……かぁ。あーあ、つまんない任務だよなぁ」
 言葉に合わせて手の形をかえながら不満を口にする。
 ――つまらない任務――。
 彼にとって楽な仕事であるからそう思うのか、それとも、一人きりの仕事だからかつまらないのか。彼自身それは意識せずに呟いた言葉だった。
 ため息を一つ吐き、「つまらないなぁ」ともう一度復唱する。
 何でつまらないんだろう? その問いを発する前に、腹が鳴った。
「……っはぁ、腹減ったぁ。さっき一緒に食べてくれば良かったかな」
 ソルティは思考を止めて周りを見回した。すぐ近くに一件のうどん屋を発見すると、迷うことなくのれんをくぐる。そして注文をする。
「おっばちゃーん、キツネうどん一つ〜」
 同時。
「おっねーさーん、月見うどん一つ〜」
 全く同時に、同じ調子で声が重なった。
 ソルティは「ん?」と相手を見る。
 相手も「あ?」と言ってソルティを見た。
 二人が顔を見合わせると同時に、遠くで「あいよ〜」と声が聞こえる。同時に違う注文をされたのにも関わらず、それを聞き取れたこの店の女主人は正にプロだろう。
 ソルティはその同時に声を発した主を見て驚く。
 浅黒い肌に長めの髪、小さなレンズの眼鏡をかけた大人しい顔立ちの男。背の竹はやや高く、体格は中くらい。タンバリンを一回り大きくして大人しくしたような男だ。
 ソルティは彼を知っている。
「サカキのにーちゃんやん!」
「シオザキさんとこのケン君? なつかしーなー」
 共に訛を含んだ言葉で会話をする。言った男――サカキ――の口調は柔らかく、表情にも彼が口にしたとおりのものが浮かんでいた。
 ソルティがまだ両親と暮らしていた頃、ソルティの父親と、サカキの父とが知り合いで仲が良かったため、彼は良くソルティと遊んだのだ。更に言うなら、サカキと先ほど言った父との間に血のつながりはない。
「なしこんなところにおんのん?」――なんでこんなところにいるの?
「なし言うたかて自分、飯喰いに来とーに決まっとるやん」
 即答。
 その答えに、先ほどのミィーティングルームでの会話を思い出し、心の中でソルティは笑った。
「そやなくて。にーちゃん、なしサジェス・シティにおんのんか聞いとるんよ」
 サカキは現在、他のシティの『テトラ連立都市』で暮らしており、ここ数年ソルティは彼の姿を見ていなかった。
 その彼が、遠く離れたこの『サジェス・シティ』に居る。
 ソルティは純粋にそれが嬉しく、又、驚き、質問したのだ。
「そら……仕事やん。またはぶらり一人旅」
 サカキは言葉を探しながら言い、一つボケて見せた。彼の思考時間をボケを考える間と取ったソルティは、特に気にせず記憶の中から彼に関する情報を引き出した。
「あー、研究所員やったっけ?」
「んにゃ、大学の助教授や。まぁ、似たようなもんやけど」
 笑って言い、
「ケン君は、なんでこんなところにいるんや?」
 彼も好奇心から聞いた。彼らが昔住んでいた都市は、この『サジェス・シティ』ではないのだ。
 そこへ丁度、注文したキツネうどんと月見うどんが運ばれてくる。それぞれの前にそれらが配膳され立ち上る湯気が二人の顔を撫でた。
「んー? なん、知らんかったん? 僕、ここに住んどるんよ?」
 割り箸を二人分取り、一方をサカキに渡しながらソルティは答えた。サカキはそれを受け取り、「ふーん、そやってん」と相づちを打って箸を割った。
『いただきます』
 言って、二人は同時に麺を啜った。暫くは出されたうどんに共に舌鼓を打ち、喉を滑る麺の感触を堪能していた二人。
 不意に、ソルティが会話を求めるように言葉を発した。
「……だけん、久しぶり違う?」――……だけど、久しぶりだよね?
 サカキも玉子の黄身を潰しながらそれに応える。
「そやね。うちの師匠死んで以来か?」
「あれ? 僕の親父の葬式は?」
 その言葉に掴んだ麺をどんぶりに落とし、サカキは目を見開いた。
「シオザキさん亡くなってん!?」
 突然のことに大きな声を出してしまい、彼は店内の視線を一瞬集める。しかし客は「亡くなった」とも聞いたので、注目を続けることはなかった。
「あ、知らんかってん? なんち、知っとーかと思った……」――あ、知らなかったんだ? なんだ、知ってるかと思った……。
「そっか……シオザキさん逝ってもーたんか……」
 肩を落とすサカキの横で、ソルティは平気な顔をして油揚げを頬張っていた。
 そして、表情を緩ませて言う。
「にーちゃん、うちの親父の方が好きっぽかったからねぇ」
 それは、彼の父親と、ソルティ自身の父親を比較しての言葉だった。言われたサカキは最初渋い顔をして答る。
「当たり前やん。うちのな、師匠なんて呼んどるけど、実際くそオヤジもいいところやで」
 愚痴を言うかのように、眉根を詰めての言葉を紡いだ。しかし、「でもな……」とサカキは続ける。
「血ぃ繋がってへんかて、やっぱ死んでもうたらそんなこと言われへんしな……悪口っちゅうもんは、相手の目の前で言うから価値があんねん」
「あ、それはわかる〜」
 寂しそう笑い言う彼に、ソルティは笑って頷く。
 サカキはどんぶりを両手で持ち、ツユをすすった。残ったナマ玉子と共に胃に落とすと、一つ息を吐き、どんぶりを置く。
「ってと、ごっつぉさんっと」
 どんぶりの中はカラだ。月見うどんを綺麗に平らげたサカキは、冷水を一口飲んでから立ち上がって言った。
「ケン君、またな」
 まだキツネうどんのどんぶりをカラにしていないソルティは、ツユをすすりながら「ん〜」っと唸りつつ手だけを振り、見送る。
 サカキが会計を済ませ、店から出て少しして、ソルティは時計を見た。
「っと、僕もそろそろ仕事に行かないと……」
 テーブルに手をついて、立ち上がろうとして――彼の動きが止まる。
「……僕の仕事知ったら、サカキさんなんて言うんだろうな……」
 うつむいた格好の彼の目の前には、ツユの少し残ったどんぶりが一つ、置いてあるだけだ。
 そのツユは、彼の顔だけをただ、映している。
 ソルティに課せられた任務の内容は、地上に出て遺跡と化した研究所からデータを回収してくるというものだった。大破壊――カタストロフ――という時代を経た地上は、もはや人の住める場所ではなく、また、人の立ち入ることのできない場所となっていた。
 しかしそれでも地上に住む人間は少数ではあるが存在し、地下から地上へと続く道も開いている。
 今、ソルティは自分のAC――マッド・ドッグ――を駆って地上の微かに緑の残る崖の脇を走っている。目的の研究所は、山中にあるのだ。今にも崩れそうな岩場はACで進むのでさえ勇気がいる。
「だからACでの回収かぁ……」
 独りごちて、彼は退屈な時間を紛らわせようとした。
 彼が地上に出たのは初めてではない。過去に数度、依頼があり地上に出た。始めて見た地上の光景は、彼に言わせれば『見晴らしがいい』ものだったが、今、彼を取り巻く光景は、多少ではあるが緑があり、本当の“自然”の一部が垣間見られた。
 しかし彼に風景を楽しむ風情はない。ただただ、ひた走るのみだ。
「ん?」
 目的の研究所入り口付近にたどり着いたとき、そこ一機のACが居ることに気がつく。
「なんだ、先客か……」
 何の感慨もなく、呟いた。ACは今も走るのみ。警戒はしない。ただ、操作をする。
「『テトラ連立都市』所属……の? ふぅん、“呪法描 v1/P”か。パイロットの“グリマルキン”って猫好きなのかな?」
 参照したメッセージを見て「あっはははっ」と一笑い。先客との距離が縮まり、目視でも相手ACの姿が確認できた。
 まず目に止まったのは逆間接の脚だ。逆間接自体扱いが難しく珍しいが、さらに一般のものとシルエットが異なっている。『テトラ連立都市』特有の、やや大きめのパーツ。ソルティの駆る“マッド・ドッグ”も積載量の高い逆間接の脚を使っているが、一般的な規格に則っているのでそこまでは大きくない。
 次に目が止まったのは青と黒の2色のカラーリングだ。その中に、赤サビ色のサブマシンガンとミサイルが映えている。
 確認が終わり、笑いも終わったその瞬間。ソルティは腕武器のグレネードを発射した。
 問答無用だ。


 ――!?
 研究所手前で入り口のロック解除に手間取っていた彼は、背後から接近してきたACに気づきACを高速旋回させた。慣性が働き、その彼の眼鏡がずれ、それをとっさに正す。
 ACのすぐ横を火球が過ぎ去り、研究所の扉は崩され、ふさがれた。
 それを確認しその男――サカキ・マティンは舌打ちをする。
「くっ、乱暴やな……奴を倒さんと中には入れへんか」
 サカキも敵ACのデータを参照した。
 ――AC名 “マッド・ドッグ”
「はっ、正にその通りやな! 逆にむかつくで!!」
 目視できるその機体は砂色をしている。巨大な両腕武器のグレネードと逆間接の脚が特異なシルエットを形作り、見る者の目に印象づけていた。
 砂ぼこりを立てて突進してくるその機体に、彼は肩のミサイルを発射する。発射されたそれは白い線を引き、敵ACに真っ直ぐ吸い込まれ――直撃した。敵に交わすそぶりは全く見ない。
 彼我の距離は一気に詰まり、サカキは慌てて回避作業に移った。


 “マッド・ドッグ”のコクピット内には笑いがこだましていた。
「っははははははは……っ!!!」
 敵はミサイルからマシンガンに切り替え、彼の攻撃を巧みにかわしながら攻撃を続ける。その間もソルティはがむしゃらに攻撃を仕掛けるが、当たらない。
 苛立ち。
 笑いの息継ぎの一瞬。敵ACは跳び、“マッド・ドッグ”の頭を越えようとする。
「っくぅ、あったれよぉ!!」
 叫びと共に、ソルティ・ドッグはほぼ真上にグレネード弾を発射した。


 発射されたグレネードは“呪法描”に当たることなく崖に命中する。絶壁の崖は爆音と共にその一部を落下させた。
 サカキは回避しようと自機を動かそうとして――下を見た。
 真下には敵AC。このままでは相手のレイヴンは直撃を受け、即死。
 迷うより早く彼は行動をした。

 ――昔、師匠が言っていた

 敵ACにブレードの一撃。

 ――「レイヴンは誰かを笑わせるための職業だ」と
 ――「誰かが得をして、誰かが泣く」と

 それを受けた“マッド・ドッグ”は大きく後ろに弾き飛ばされる。

 ――だからせめて、誰かが泣くことがないように
 ――誰かが傷つくことがないようにと――

 着地の衝撃がコクピット内に伝わり、続いて大きな衝撃がAC全体を包んだ。

 ――考えてた結果がこれかい……。


 ソルティは、目の前で起きた光景に呆然としていた。敵が、自分を攻撃して――かばい、自ら巨大な岩の下敷きとなった。損傷はひどく、動きはない。
「……っ……ふっはっ……?」
 何か言おうというのではなく、ただ声が漏れる。コクピット内の酸素が、酷く薄いように思えた。
 大きく息を吸い――上手く吸えずに横隔膜を軽く痙攣させる。
『なんや、ぼさっとみとらんと助けんかい。おどれの命の恩人やで……』
 突然の通信でソルティは我に返った。同時、聞き覚えのあるその声に驚く。
「サカキの兄ちゃん!?」
 ソルティはACで岩をどかし、“呪法猫”に飛び移る。コクピットハッチは歪み、容易には開くことはできなかったが、それでもどうにか隙間が空いた。
「よっ」
 隙間から漏れる光を顔に受け、見知った顔が小さく笑っている。
「……泣くなよ」
 しかしソルティは涙でその顔をはっきりと見ることはできなかった。
 動かなくなったACの肩の上で男が一人煙草を吸う。
 隣では、本当は嫌いなその煙にじっと我慢する少年がいる。
「……怖いなぁ」
 紫煙を吐きながら、男は言った。
「……うん」
 少年は震える自身を抱きながら応える。
「……ホント……怖い……」
 うつむく。
 逆に、男は空を見た。吐いた煙が青に溶け、広がっていく。
「そやな、知らんうちに知り合い殺すところやってんな……」
 少年はうつむいたまま、首を振る。
「そうじゃなしに……それもあるけど。それよりも……」
 消え入りそうな声に、男は少年を見た。
「ん?」
 少年は今度ははっきりとした声で、改めて言った。
「それよりも、もう、とっくに知り合い殺してるんじゃないかって……知らない間に。今、知らないだけで……」
 それを聞いた男は少し長く煙を吸って、そしてまた吐き出す。
 間。そして柔らかい声。
「……うちの師匠な。知ってるやろけど、結構突っ放した性格やねん」
 少年は相づちを打たない。
「うちの師匠がよく言っとったわ。『悩んでる暇があったら仕事こなせ。答えなんてそこら辺に落ち取るもんや』ってな。人に無理矢理MTの操縦教えといてよく言うわ。って、心ん中で突っ込んどったなぁ……」
 少年への言葉ではなく、自分自身へ向けた言葉にも聞こえる。少年は顔を上げた。
「『だけん、その問題考えてへんと、落ちてるもんも気づかへんもんやで……』」
 その言葉に男は少年に顔を向け、疑問符を投げかけた。
「誰の言葉や? それ」
「うちの親父。よくうちに来たとき二人で話してたんだ……」
 二人の脳裏に、それぞれの父親が語り合う姿が映った。
「そっか……ホント、うちの師匠意地悪いな……続き教えてくれへんなんて」
 男は苦笑い一つ。少年はため息を一つ吐いて、笑った。
「……っはは。言葉なんていい加減やからね。わざといわなかったんと違うかな?」
 にっこりと笑うその笑顔は決して無理をしたものではなかった。その表情を見て、男はつい絶句する。
 空いた間に、少年は疑問符を投げかけた。
「僕、何か変なこと言った?」
 そして男も笑う。
「ん〜にゃ。何か……ま、ええやん。その話しは無しや」
 言おうとしたこととは別に、”なんか……懐かしい時間やなぁ……“と心の中で呟いた。
 そして二人は背中合わせにしばらく無言で空を見ていた。

 数分の時間が過ぎ、ソルティは立ち上がってサカキに言った。
「……さて、仕事しとかないとおっさんに何言われるかわからないからなぁ。さっさとデータもってかえろっと」
 その言葉にサカキは顔をしかめる。
「データ? 機材やないん?」
「ん? データって聞かされたよ? ……まさか……」
 顔を見合わせ、サカキは一言。
「……あっぶねーあぶねー」
 今更ながら肝を冷やし、ソルティはデータを、サカキは機材を回収した。
 回収が終わり、帰途に着く。
「悪いなぁ」
 大破した“呪法猫”を引っ張ってもらいながらサカキは言う。
「いや、命の恩人やし」
「ったーてなぁ……そや、あっち付いたら月見おごったるわ。あれうまいでぇ」
「えー、悪いし……生卵苦手だし」
「悪くないて。俺、ここんところ昼飯代浮いとんねん。おごらせとき」
 そんな会話をしながら彼らは地下都市に帰っていった……。

 空には地下にはない月が、ぽっかりと浮かんでいる。


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おまけ

ミィーティング直後

「……なぁ、このシチュエーションって何かに似てないか?」
 ソルティ・ドッグの去った部屋でタンバリンは言う。
「ん? 何がだ?」
「……ああ」
 プッシーフットが一人頷く。何かに気づいたようだが答えを言わない。
「何だよプッシー。気づいたなら教えてくれよ」
 彼女は軽く笑って答える。
「“はじめてのおつかい”」
 微妙な間があいて、その後笑いがこだました。
「よし、っつーわけで俺、マッド・ドッグに細工してくるわ。やっぱ記録しておかないとなぁ」

 ……後日。
「うっわ、ソルティくっさ!! 台詞、めっちゃくさっ!」
「うっさいっちゅうねん! くらしあげるぞ!!」
 朝からバトルの始まる犬とニワトリ。背後では、録画されたものが再生されている。
 その二人のバトルを無視してプッシーは一言投げかけた。
「……ソルティ、下品な言葉遣いはやめろ」
「“くらしあげる”って何だ?」
「“ぼこぼこにする”の意味だ」
「何処の言葉だか知らんが、何で知ってるんだ、プッシー……」
 余計な謎を増やして楽しい彼らの日々は続く……。

 ちゃんちゃん。