ブレーメンのAC乗り

 俺とレイヴンとの付き合いは俺が十歳の時からだ。
 と言っても、俺自身がレイヴンだったわけじゃない。友人が……そう、大切な親友がそうだったのだ。

 初めて彼を見たのは、人気のない倉庫だった。
 子供特有の好奇心から俺は”探検“に出た。
 ハードボイルドでも気取っていたのだろうか、俺は沈んだような変に冷たい空気を裂いて、暗がりの油のようなシミがコンクリートに続く倉庫の中に入っていく。
 そこで出会ったのだ。”あのレイヴン“に。
がんがんっ!
 ドアがノックされる。
「うるせぇ! まだ出てネェよ!」
 俺はトイレの中で声を上げる。その声には多少の苛立ちが含まれている。
 俺の哀愁漂う回想シーンを邪魔したからだ。
 「ふぅ」と尻をむき出しの状態で煙草の煙を吐き出し、また自分の世界に入る。
 その男は形容するなら”ぼろぞうきん“だった。衣服は破れ、そこから血がにじみ出ている。所々流血していたりもした。
 思い返してみれば俺が油のシミだと思っていたものは彼の血液だったのかも知れない。倉庫の中はサビくさかった。サビそのもののにおいと血のにおいだ。
「……」
 その男は虚ろな目でこちらを見た。
 いや、見た。というより、顔を向けただけと言う感じだった。それほど疲労しているようだった。
 俺は混乱していた。
 まさかこんな事が”探検“の先に待っているとは。
 彼が何者であるかさっぱりわからない。
 今であれば”企業に処理されかけているレイヴン“だと言うことはちょっと……まぁ2〜3秒考えればわかるが、当時の俺にはそんなこと思いもつかない。
「……ぁあ。あぁ……」
 彼が口を開く。
「追っ手じゃないのか……折角覚悟を決めたのに……」
 そして男はまた黙った。
 それが一番最初の出会いだった。
 その時は怖くなって逃げ出した。もし、次にまたそこに行ったとき彼がいなかったら。俺はそれを考えるのが今でも怖い。
 ということは、要するにまた俺はその場所に戻ったわけだ。
がががんがん!!
「うんこ長げぇよ! にーちゃん!」
 大声で叫ぶ。ふん、下品な男だ。(笑)
「待ってろよ。今出るから」
 煙草を捨て、ズボンをはく。
 扉を開けるとソルティ・ドッグが青い顔をして立っていた。
 ばたごんっ! と大げさな音を立ててトイレに駆け込む犬(俺的省略形)。
「にーちゃん、便所でタバコ吸うなよ! こもるから!」
「癖だし」
 手を洗いながら答える。
 加えて考え事をするのも癖だったりする。
「ソルティ〜」
「ん〜?」
「集合時間まで後2分」
「あ〜? 遅れたって平気平気」
 「そっかね」と答えて俺は集合場所へ急いだ。

 集合場所にはもう既にプッシーフットがいる。
 この女、遅れるときは平気で遅れるが、遅れないときは絶対誰よりも早く来ている。
「早いな」
「五分前の五分前行動」
「……十分前行動って言った方が早いんじゃねぇのか?」
「”五分前“に意味がある」
「ふ、ふーん……」
 彼女は素性も得体も知れないが、一番わからないのがこういう”何か間違ってる“ところだろう。
「お、今日はソルティが遅刻か?」
 仕事を運んできてくれるR・Bが来た。何故か教師口調なのが気になる。
「クソしてま〜す」
「ソフトに言え。仮にも私は女だぞ」
 彼女らしからぬ事を言う。
「んじゃ、『排泄中です』これでOK?」
「……まぁ、言った私が馬鹿だったな」
「ああ」
 素直に頷く。
「ただいま〜。何の話し?」
 丁度ソルティが入ってきた。
「タンバリンが馬鹿だって話しだ」
「じょ〜しきじゃん」
「この野郎」
 R・Bはそんなやり取りを無視して資料を取り出すと今回のミッションについて説明し出す。
「今回はあるレイヴンの”処理“だ。詳しいことは聞かされてないが、過去に当社に雇われていたレイヴンだろう。それが不都合を起こして逃げ出したわけだ」
 俺はそれを聞いて、彼を思いだした。えらくタイムリーな話しだ。
 そう、彼も企業に追われていた……。
 戻ってきて俺は彼の傷の手当と持ってきた食事を差し出した。
 男はされるがままといった感じで手当を受ける。食事も口元まで持っていくともぐもぐと怠そうに咀嚼(そしゃく)する。
 俺はほっとした。
”これで助けてあげられる“
 彼は食事をある程度食べると、そのまま眠ってしまった。口からは食べかけのパンが落ちている。みっともない。とか、そういう感想はなかった。

 次の日も俺はそこへ行った。
 しかし、そこに彼は居なかった。
 不安になり右往左往していると、暗がりから声がかけられる。
「……お前か」
 彼が今まで隠れていた機材の後ろから顔だけを出す。
「あ、よかったぁ。居なくなっちゃったかと思った」
「それも考えた」
 彼は素直にそう言った。
「え?」
 彼はゆっくりと起きあがってこっちに近づいた。
「ここから離れようとも思った。お前が何度か出入りしたからな。企業の追っ手に気づかれたかもしれない」
「ええっ!」
 俺はびっくりして声を上げた。助けるつもりが逆のことをしていたかも知れないのだ。
「安心しろ。今のところ追っ手は来ていない。……ありがとう、お前のおかげでまた希望が見えた」
「希望……?」
「まだ逃げ続けるか、それとも諦めるか。選択肢ができたって事だよ」
「諦めると……どうなるの?」
 好奇心から訊いてみた。
「ん? 死ぬ事になるな。殺されるか野垂れ死ぬかはわからないが」
 聞いてる途中で足が震えてきた。そして叫んだ。
「死んじゃヤダ!」
 男は笑った。
「俺も今は死にたくはないな」
 必死の俺に何故か楽観的な彼。
 俺は信用ならないので彼のシャツを掴んでガクガク前後に揺する。
「あうぉあ〜ぁあ〜」
 間抜けな声を上げてガックンガックン頭を前後させる。
 やがて解放すると彼はヘロヘロとコンクリートに倒れ込んだ。
「えっ? うそっ!?」
 俺は慌てたが、彼は「貧血ぅ〜」とかろうじて手だけを持ち上げて言った。
「ね、ねぇ。隠れ場所ここじゃなきゃダメなの?」
 彼は「ん〜?」とうなった。
「他にも隠れ場所考えようよ。逃げ切ろう! 俺手伝うよ!!」
 俺は力強く言った。
 −−それが今では追う側か−−
 心の中で一人言う。
「で、”処理“とは具体的に?」
 プッシーフットが訊く。
「抹殺だ」
 聞いた途端俺の身体が「びくっ」となる。
 それをソルティは見逃さない。
「相変わらずのチキンハートだねぇ」
 と、笑う。
 しかし、今回はいつものように「負け犬には言われたくない」とは返せなかった。
 そのことに奴も気がついたのだろう。「どうしたの?」と訊いてきた。
「あ、ああ。悪い。何でもない」
 俺は動揺を隠しきれずにそう答えた。
「人間の死亡率は100%だ」
 猫のような鋭い目をしたプッシーフットが静かに言う。
「こと、レイヴンに関してはいつ死んでもおかしくはない……」
 その言葉は何か自分でも言うのをためらう感じだった。
「……そうだな」
 俺は頷いた。納得はしていないが、言いたいことはわかる。
 ただ……。
「俺はこれ以上人を殺したくなくてな」
 弱気な笑顔を俺は見せた。
 あの後、食事や衣服の面倒を俺は見てやった。
 彼は俺に色々教えてくれた。今となってはよく覚えていないが、きっととても重要な……それこそ、その情報こそが彼が追われている理由ではないかというような事を俺に託していたのだろう。
 しかし俺はそんなことより彼と一緒にいること自体が好きだった。だから内容を覚えていないんだと思う。

 でも一つだけはっきり覚えていることがある。
 ある日、いくつか作った隠れ家の一つに行ってみると彼が口笛を吹いているのだ。
 そこは瓦礫に埋もれた地下室で、一見すると出入り口は塞がっているが、ちゃんと扉も開閉可能だ。
 扉を開けた途端に音が漏れてきたのだから、少しびっくりしてしまった。
 彼も彼でびっくりして口笛を止めてしまった。
「さっきのなんて曲?」
 聴いた事のない曲だったので俺はそう聞いてみた。
「ブラームス作曲の交響曲第四番・第三楽章だ。大破壊前のクラシック曲だよ」
 大破壊前の遺産や芸術品は現在にはほとんど残っていない。
 残ったのは人の記憶に残っているデータとしてのものだ。
「明るい曲だね」
「ああ、”スケルツォ“と言って、明るく軽快な……まぁ、ふざけた感じのする曲に分類されている」
「ふーん」
 会話に少しの間が空いて、その隙に彼はまた口笛を吹いてくれた。
 狭い空間に響く、鋭く力強いその音色につられて俺もハミングをはじめる。
「ふ ふふふんふんふん、ふ ふふふんふんふん、ふん〜」
 俺は移動中のヘリの中であの曲を鼻歌で唄った。
「良いことでもあったか?」
 R・Bが訊いてくる。
「い〜や。俺がこの曲を唄うのは、嬉しいときの他にめちゃめちゃブルーの時も唄うのさ」
「いーじゃん。止めは誰が刺してもいいんだから」
 頭の弱い犬がはしゃぎながらそんなことを言う。
 奥の方でさっきの鼻歌の続きが口笛になって聞こえてくる。
「……なんて曲だったかな……」
 口笛を途切れさせながら彼女は一人思いだそうとしていた。
「ブラームスのシンフォニーNo.4 3rd。スケルツォだよ」
 R・Bが当然のように言う。
「大破壊で全てが壊されても、スケルツォは残った……か」
 彼女はそんなことを言う。
「”スケルツォ“はタイトルじゃないぞ」
「え? ……まぁいいわ」
 ……彼女はやっぱりどこか天然だ。
「ああ、そんなことはどうでもいいんだ。作戦ポイントに着いた。仕事の話しをしよう」
 R・Bは作戦を説明し出す。
 ACで逃亡する目標をマッド・ドッグで追い立て、俺のファルコンとプッシーフットのヴィーイルで目的地まで追いつめ、待ちかまえていたスレイプニルで止めを刺す。という作戦だった。
「……が」
 一通り説明が終わって彼は続けた。
「お前らが作戦に従うとは思えないので好きにやれ。作戦開始!」
 彼は真っ先に作戦領域に落ちていった。
「あ! ずりぃ!!」
 続けてソルティも落ちていく。
「……」
 俺はまだ動きたくなかった。
 そこへプッシーフットが語りかけてきた。
「作戦に参加したくないならここにいるがいいさ。チキン兄さん」
「行くよ」
 俺は素っ気なくそう答え機体を地面に降り立たせた。

 目標は黒いACを使っているだろう。開発に失敗した薄暗いこの地域ではその方が勝手がいいのだ。
 出入り口はさっき入ってきたかなり高いところに一個しかない。見てみると、その近くのビルの上にスレイプニルがいる。
「門番役か……」
 この地域はかなり広いが、人は居ない。一般閉鎖区間だ。
 他の二人はもうどこか遠くへ行ってしまった。
 俺も目標を捜して彷徨う。
「ふふふんふふふん……」
 一人鼻歌を唄う。
 しばらくすると、生物レーダーに一つ、反応があった。ACの反応はない。
 近づいてみる。
 そこには人が一人居た。目標ではない。
 真っ白な仮面を付けていた。が、それより目立ったのは髪の色だ。金髪に黒髪が混ざっている。自然ではあり得ない。
 まぁ、自分もクリアブルーの髪をしているから人のことは言えないが。
「どなたをお捜しですか?」
 その声から男と言うことはわかった。
「ああ、仕事で企業から逃亡した男を捜しているんだ。それらしき奴を見なかったか?」
「いいえ、残念ですが」
 男は肩をすくめた。
「しかし……あなたが捜しているのは本当にその人ですか?」
 俺は背筋がぞくりとなった。
「誰か別の人を捜していませんか? いえ、違いますね。”あなたは今本当に、この時間にいますか?“」
 最後の質問の意味は分からなかった。
「何のことだ?」
 彼は笑っている。
「過去を変えると、変える前の自分と変えた後の自分の二人ができてしまいます。それでもあなたは過去にとらわれ続けますか?」
 何を言っているかわからない。
「悪い、時間がない」
「そうですか。それは失礼しました」
 彼はぺこりと礼をして。そして手を振っている。
「……何だったんだあいつは」
 あなたが捜しているのは本当にその人ですか?
 誰か別の人を捜していませんか?
 その通りだ。無意識にだったが、言われて気がついた。
 俺は彼を捜している。
 あの時、”俺が殺した”あの男を……。
 いつものように俺は隠れ家に向かっていた。
 その途中、彼が猛スピードでこちらに向かって駆けてくるのだ。彼も俺に気がついた。
「あっ……」
 言おうとした瞬間、俺は腕を掴まれてつられて走り出す。
「どう……っ!?」
「追っ手だ! まずいぞ。お前、俺の知り合いだと知られたらどうされるか……」
 彼は今まで俺が調査した「複雑な隠れやすいルート」の一つに駆け込む。下水道に続く道だ。
 しばらく行って少し広くなったところで俺達は一休みした。
 彼は銃を一丁俺に差し出した。
「撃ったことは?」
「ない」
「撃ち方は?」
「知ってる」
「じゃあ俺を撃ってくれ」
 その言葉が俺には理解できなかった。
「なっ!?」
「俺を撃つんだよ。一度くらいは人を殺したときの感触を知っておくべきだ。二度はいらないがな」
 男は冷静に言う。
「そんな理由で撃てないよ!」
 当たり前だろう。
「理由は別にある。お前は”俺にさらわれた“んだ。そして、隙を見て”殺した“。これなら奴らはお前を処理するどころか、感謝するぜ?」
 この男は俺のために犠牲になろうというのだ!
「ダメだって!!」
「ダメじゃねぇよ。いいか? 人間の死亡率は100%なんだ。だから、俺はいい死に方がしたい。自己満足でもいい。どこでどう死のうか考えて出た答えがこれだよ」
「ダメだよ!」
「……お前に死なれたくないんだ。頼む。俺の命を拾ったせいで、お前の命を落とさせたくないんだ」
「ダメだよぉ……」
 俺は責められるように言われながら、ぐしゃぐしゃに泣いていた。
「お前に殺されなきゃ意味がないんだ……。親友としての頼みだ」
 遠くから足音が聞こえる。音が反響してどれくらい近づいているのか見当が付かない。
「時間もないな。さ、早くしてくれ」
 俺は口の中で「ダメだよ」を繰り返している。
 しかし、手にはしっかり拳銃が握られ、銃口を彼の方に向けている。
 俺はもう何も考えていなかった。頭の中では彼が教えてくれたあの曲が繰り返しかかっている。全然この場に合っていなかった。
ぱんっ
 と、人を殺すにはあまりにシンプルな音が鳴り響く。
 俺は発狂しそうになって……その前に気絶した。
どぅ〜ん!
 遠くで聞こえる爆発音に俺は現実に戻った。
「見つけたか!」
 おそらくはマッド・ドッグのキャノンだろう。相変わらずの戦い方だ。
 その光に照らされて、目標の機体が見える。戦うための機体ではなく、逃げるための機体のようだ。
 ただ、その足がえらく大きく見えた。まるで四足最大搭載量のあの足の下に、二足のトリ足をくっつけたような、そんな感じだった。
 その機体はマッド・ドッグのキャノンを受けて空高く吹き飛ばされた。
 が、一向に降りてくる気配がない。
 俺も建築途中のビルやら何やらを踏み台にして奴に近づく。上空にブーストの光が見えたので、こちらも上昇する。
 行きがけの駄賃(?)で腕武器マシンガンなんかも浴びせる。
「?」
 それがうまい具合にかわされ、天井を傷つけ、欠片が俺の機体に降り注ぐ。
とふっ……どぅん!!
『にーちゃん平気か!?』
 下から馬鹿犬がキャノンを発射して破片を吹き飛ばしてくれた。……が、こっちはそれに巻き込まれて落下中だ。
「平気だ。後で覚えておけこんちくしょう」
 奴を見失ってしまった。だが、レーダーに反応はある。
「あれ?」
 レーダーを見たとき奇妙に思った。奴の機体が常に水色に表示されているのだ。
 これは、こちらの機体より上にいる。と言うことだ。
「奇妙だな……まぁいい。追うか」
 出口付近でスレイプニルがキャノンを発射する。それによってようやく敵機が地に降り立つ。
『今だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
 R・Bの声を合図に、一斉に攻撃を仕掛ける。
 ……が、俺はそれが、そうしようと思っていたのにできなかった。
 爆炎が敵ACを包み、ほとんどぼろぼろになりながら、それでもそのACは上昇してまた暗闇の中へ消えた。
「兄ちゃん……」
「はは、悪いな。ホント俺ダメだわ……」
 自分の手に”あの時の“感触が戻ってきて、まとわりついている。
「ああ。ダメだな。だから臆病者はすっこんでいろ」
 R・Bはそれだけ言うと奴を追って行ってしまった。
 ソルティはまだ俺のそばにいる。
「……行っていいんだぞ。ソルティ」
 しかし彼は動かない。
「……兄ちゃん……」
 彼は何を言って良いかわからないようだった。
「ソルティ。人を殺したことがあるか?」
 「ある」と彼は答えた。
「ACに乗っていない人間を……直接殺したことはあるか?」
 今度は「ない」と答えた。
「イヤなもんだぞ……すっげぇ。すっげぇ……」
 彼は押し黙ってしまった。
「だから……ACに乗ってる人間も俺は殺せないんだ。相手がどうとかじゃなくて、”俺がイヤなんだ“」
 手がわなわなと……手だけじゃない、身体全体が震えている。
「……なら、兄ちゃんはいいんじゃない。それで」
「代わりにお前が……なんて言うなよ」
 あの感覚は……ソルティに味合わせたくない。が、
「言うわけねーじゃん。何で僕が」
 と簡単に返され、少し自分が恥ずかしくなってしまった。
「……はは。はははははっ! そりゃそーだ!」
 最初は苦し紛れに笑って見せたが、笑い出したら止まらなくなってしまった。
 そりゃそうだ……。まったく、どうかしていたな。
「よし! 奴を探しに行くぞ。お前あっち行け」
「お、にーちゃん復活? 単純だな〜」
「うっせぇ」
 言いながら、ぴょんぴょんと感に任せて移動する。
 そして、領域の端に来たとき、乗り捨てられたACを発見した。
 俺は降りて近くを探る。
 近くには下水道へ続く道があった。
 下水道につたない口笛が響く。俺が吹いている。
「いい……曲だな」
 しばらく進んだ所で声をかけられた。目標だ。
「落ち着いてるな」
 俺は銃を手にしたまま、それを奴向けることなく近づく。
「どっちにしろ助からないんでね。ACがなければこの領域からは出られない」
 野垂れ死ぬか……殺されるか、か。
 俺は懐から煙草を一本取り出し、奴に放る。奴は「最後の一服か」とそれを素直に受け取った。
 俺は奴の横に立ち、まずは自分の煙草に火を着け、次に奴にも着けてやる。
「……あんた、あの社の者か?」
 俺は首を振った。
「似たようなもんだがね」
「……ならいいや。あの社はな……あの社の社長は最低だ。この世界を牛耳ろうとしてる」
「会社を大きくしたい。ってのは社長の普通の願望だろう?」
「ああ、そうなんだがね。でも、その方法が……歪んでるんだよ。戦争を起こそうとしてやがる。つい50年前の事なんて忘れてな」
 俺は大人しくその話を聞く。
「その計画を探っている最中ドジってね。試作パーツ盗んで逃げ出したってわけだ。空中戦用足パーツだ」
 彼は根本まで吸った煙草を捨て。踏みにじった。
「……結果がこれか。結局俺一人じゃどうしようもないって事なんだろうな」
「そうだな」
 俺はさりげなく銃口を向けていた銃の引き金を引いた。
 そして男はそのまま死んだ。
「お前の意志は聞いてやった。無駄に死ぬよりゃいいだろう」
 下水に煙草を投げ捨てて俺はその場を去った。
−−ああ、あいつの意志は誰にも伝わってなかったか……。
 ぼんやりとそんなことを考えながら。
 俺が下水道から出ると、外は騒々しかった。
 数機の無人MTが無差別に攻撃を加えている。
「……なんだ。往生際悪いじゃねぇか」
 このMTはさっき俺が殺した男が、その前にこの領域のガードシステムを暴走させたものだろう。
 俺はACに乗り込み、素早くロックを解除する。
 マシンガンでMT一機一機を潰していく。
 レーダーに写る範囲全て倒したところで通信が入った。
『タンバリン、奴は見つかったか?』
 俺は大人しく「ああ」と答えた。
『で、兄ちゃん。どうしたの?』
「さりげなく殺した」
『さりげなくって……』
 しばらくして奴らはこっちに集まって下水道に入った。
「う〜あ、マジで殺してるよ」
「ははは。俺ってば殺人者〜」
「あれほど嫌がっていたのに……」
「ん〜? ああ、俺が……子供の頃にな、一番最初に殺したのも逃亡者だったんだよ」
 俺はその話しを所々脚色して二人に話してやった。
 意外だったのはR・Bだ。
「……その時の追跡者は……私だ。多分」
「……マジで?」
 俺は睨んだ。
「ああ。そうか……そうだったのか……」
 R・Bは呟いた。
「……タンバリン……」
「一発殴らせろ」
 俺は意識せずにそう口を滑らせていた。
「……ああ」
 奴も覚悟を決める。
ごっ!!
「ってぇっ!?」
 俺は「ごすっ」と肘を直角に曲げて額に地味に痛い一発を喰らわせた。
「ばーか。気にしゃいねぇよ。大体、せんせーマジに殴ったら退学ですよ。タイガク」
 「うりゃ!」とのかけ声と共にソルティもR・Bに体当たりを喰らわせる。
「なにすんじゃい!!」
「スキンシップ〜」
 今居る三人で一番気まずいのはR・Bだ。その雰囲気を和ませたかったのだろう。
「つーかさ、ねーちゃんどうしたん? 見てないけど」
 「ああ、そう言えば」と俺達はACに戻って彼女に通信を入れる。
 彼女の第一声は
『迷った』
 だった。
 俺は忘れていた彼との思い出を思い出した。
 彼は言うのだ「俺が逃げ出して、それが意味あった事だったか今でも疑問だ」と、そんなことを。
「俺に会えたじゃん」
 屈託なく俺は言う。
「いや、そうじゃなくてな。俺は何かを変えようとして行動を起こして……結局逃げ出すしかなくなっちまって、それで当初の目的果たせるのかなって」
 彼はそういう話しをしていても神妙にならずに喋る。
 俺は大した考えなく言う。
「無理じゃねぇの? もう一度リセットし直すとかしないと」
「ゲームじゃねぇんだよ」
 彼は笑う。

 ……彼はリセットしたかったんだろう。俺に自分を殺させることで、”俺に最初からやり直してもらう“ために。

 彼は続けてこう言った。
「あーあ、俺にもあの時仲間がいたらなぁ。協力してくれる仲間じゃなくてさ、お前みたいな俺のことを……なんつーか、かまってくれる仲間がよ」

 その言葉の真意はわからない。
 でも、今なら何となくニュアンスはわかる。彼は”あいつら“みたいなのが欲しかったんだろう。

「失敗した?」
 俺は聞いてみた。
「大失敗だ」
 彼は笑って答える。
「でも、まぁ……今結構しあわせだぜ? それでOK」
 俺はその言葉を聞いて、何となく嬉しくなった。
 それは恋人に「幸せか?」と問いかけて「幸せ」と答えが返ってきたような、そんな感覚だった。
「俺達のチームってアホばっかりだな……」
「正にブレーメンだね。欠点だらけの奴らの集まり〜」
 ソルティは毎度のごとく笑って言う。
「R・B。失敗だったんじゃねぇのか?」
 俺は聞いてみた。
「ん? そんなもの自分で決めるんだな。まだまだだろう。私達は」
『私をダシにして会話をすすめるな』
 最近、こんな会話が好きになっている。丁度、あいつと喋ってる時と同じだ……。
「はっはっは、わりぃ」
 こんな風に幸せに笑うのもつらかった……。
 俺は欠点だらけだ。
 人を殺せない。過去を引きずっている。
 しかし、まるで俺の心を読んだかのように彼女……プッシーフットが答えてくれた。
『でも、ま。欠点のない人間なんてそれ自体が欠点だろうさ』
 ……そう言うことだ。俺は欠点をこのまま持ったまま生きていくことにした。
 コクピットシートにぼすん、と頭突きを喰らわせて呟いた。
「あーあ、俺がまた人を殺すとき……まーた滅茶苦茶悩むんだろうな……」
 その言い方は、自分でも笑えるほど”あいつ“にそっくりだった……。
<戻る>
 ……後日談……
「うわぁ!」
「どうしたソルティ」
「黒い悪魔がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「黒い悪魔? ああ、ゴキブリか。お、タンバリン、そっち行ったぞ」
「……」
 俺は葛藤している。
「タンバリン?」
「……俺は……また……」
 ぱしん
 プッシーフットが躊躇なくスリッパでその悪魔の息の根を止めた。
「……プッシーフット……」
「まったく……」
「に、兄ちゃん、それは何か違うだろ〜」
 呆れた口調で言う。
「不衛生だなぁ……」
 R・Bはほのぼのホームコメディを見ている表情でそう呟いた。