言詞学・第一稿2001/2/18アップロード
八尺
1.言詞学とは〜前置き〜
2.文章の視覚化
3.文音
4.言詞学応用
5.今後について
6.まとめと言うか、感想というか、おまけ
1.言詞学とは〜前置き〜
言詞(げんし)学とはただの言葉遊びであるが、私が研究を進めている分野を単語に当てはめると、正に”言詞学“なのである。物質を構成する要素が”原子“であるならば、文書を構成する要素もまた”言詞“であると言える。
また、”原子“が組み合わさり特定の性質を持った物を”分子“と呼ぶが、”言詞“が組み合わさり特定の性質を持ったものも”文詞“と言える。
ついでに、”言詞核“や”伝詞“というものもありそうだ。
例えば「が」「ん」「ば」「れ」という四つの言詞が、特定の並び方をとると「がんばれ」という文詞になる。この文詞には人の励みになったり、逆に頑張ってる人間にとっては腹立たしく思わせる力がある。しかし、どちらにせよ聞き流しさえしなければそれは人(心を含む)を動かすエネルギーとなると言えよう。
この考え方を”言詞力学“と言うことにする。
しかし、このレポートでは”言詞力学“は扱わない。興味がないというのが理由であり、複雑すぎて、まとまらない恐れがあるというのが言い訳である。
さて、では今回は何をレポートするかというと、これがまた適切な言葉が思い浮かばないので、ここに列挙する。
1.言詞・文詞の流れを見て、まとまっているかまとまっていないかを見るための手法
2.文書特有の音色について、方向性を考える
3.それらの応用
これらをレポートする事とする。
そして、これらは大抵が仮説であるのでこれからそれも確かめていかなければならない。課題の一つである。
2.文章の視覚化
今回紹介する手法は、意味的繋がりを軽視し、自分の感性はどの様に文章を捉えているかという、「主観を客観的に表現する」ものである。
詳しい利用方法は第4章で紹介するので省くものとする。
また、この手法はまだまだ改良の余地があり、現在も研究を続けているのでその点も所々に入り、わかりにくいレポートとなることを了承していただきたい。
さて、本題の視覚化の手法に入る。
説明しやすいようにここに例文をあげるので一度は読んでもらいたい。
歌は世に連れ世は歌に連れ
連れていきたい遙かな銀河
銀が駄目なら金でよし
禁じられてもやめられない
やめられないから御一緒に
読んでみてわかっただろうか? 内容は特に無いのに、音だけはよい。歌謡曲の前口上のような文である。
この例文の一行ごとに番号を振っていく。これは、文章を視覚化する際に「どのレベルで文章を視覚化するか」に繋がってくる。
一行だけの文章なら一文字ごとに区切っても良いし、もっと量の多い物であれば各章ごとや、任意に意味的なまとまりがあるところで区切っても良い。
自分が知りたい倍率で「文字」「単語」「行」「段落」「章」「意味」その他任意に単位をつくって良いのである。
今回は例なのでわかりやすいと思われる「行」で区切ることにする。
@ 歌は世に連れ 世は歌に連れ
A 連れていきたい遙かな銀河
B 銀が駄目なら金でよし
C 禁じられてもやめられない
D やめられないから御一緒に
次にやることは、前後の繋がりを見る。ということであり、そして視覚化していく。
◎
まずは、文書の根幹となるものをつくる。これはタイトルが有ればタイトルでも良い。これをノードと呼ぶ事とする。
◎__@
次に、最初の要素をノードの横に書き、線で繋げる。縦に書いてしまってはいけない。
次のステップからは個人によってグラフが変化する。
◎__@__A
◎__@
|_A
◎__@
|__A
一番上のグラフの様にAを繋げるのは「@が無いと、この文章内に存在できない要素」であった場合で、@から線が横に延びてAに繋がる。
二番目のグラフの様にAを繋げるのは「@が無くても文章内に存在できるが、@との繋がりは強い要素」であった場合で、元もと延びていた@の線の途中から下に延びて、@の下にAを書く。
三番目のグラフの様にAを繋げるのは「@とは全く関係ないが文章内に存在できる要素」であった場合で、ノードから延びて@の下にAを書く。
が、これは厳密な定義ではなく、私自身も「つながってるな、これ」「何となく繋がってる気がする」「関係ないだろうなぁ……」でやっていたりする。
実はこれで充分で、逆に「こういう定義だからこっちだろう」と”考えて“やってしまうと、正しく投影されたグラフが書けなくなる恐れすらある。
そんなわけで今回私は、
◎__@
|_A
この繋がりを採用してみる事にする。
そして、そういったことを続けていった結果が、
◎_____@
|____A
|___B
|__C
|_D
キーボードで表現しているので、少々見にくいが了承していただきたい。
これは、「全て何となく繋がっている」というものである。
先ほどの説明に入れられなかったが、もし
◎__@
|_A
|_B
|_C
|_D
という様に繋がったのならば、これは「A〜Dは全て@になんとなく繋がっている」表現となり。
◎__@__A
|__B
|__C
|__D
と、言うように、@の線にではなく@自身に繋がっていった場合は「A〜Dは全て@から直接繋がっている」表現となる。
以上が、文章の視覚化の方法である。以下はその見方となる。
もし、できたグラフが横に長ければ「内容は濃いが、伝えようとしていることは少ない文章」であり、
もし、できたグラフが縦に長ければ「内容は薄いが、伝えようとしていることは多い文章」である。
言い方を変えれば、横に長いグラフはまとまっていて、縦に長いグラフはまとまっていないことになる。
しかし、大抵の場合は斜めに長くなる。その場合は自分の感性に任せて見た目で判断する。
見た目が悪ければ大概まとまっていないし、見た目が良ければ大抵まとまっている。
しかしこれには判断の基準がないので、体験談でしかない。
これを客観的に表現するために統計力学や情報物理の観点から確率的に数値を出そうと現在研究を進めている。
ただ、「視覚化」という意味で、「見た感じで何となくわかる」レベルは合格しているだろう。
3.文音
前章では文章全体の雰囲気を視覚化したが、この章ではもっと局所的に、「読んでいる今その時に読みやすいか読みにくいか」について見ていく。
しかし、こちらの研究はあまり進んでおらず、今後の指針が主となることを了承してもらいたい。
さて、章タイトルの”文音“(あやね)とは何か?
人は、文章を読むときに頭の中で言葉を発するが、その時のメロディを”文音“と私は呼んでいる。
例えば、前章の例文が良い例である。あれは流れるように読めたことだろう。
逆に読みにくい、文音の悪い文の例を示すと、
夜明けの伯林の街の空気は冷たい。その冷たい空気を切って、私は走っていた。その時一匹の猫が目に入った。その猫は顔を洗っていた。
「明日は雨か……」と一日が始まったばかりにもかかわらず、私は独り呟いた。
悪いポイントは二つ。最初の文の「の」の連続と、以降の語尾が「〜た」で統一されていることである。これらは何度も繰り返されると読み手としては疲れる。
伯林の街を、私は走っていた。夜明けの為に空気は冷たいが、しかしその冷たい空気を切って私は走る。と、その時一匹の猫が目に入った。その猫は顔を洗っている。
「明日は雨か……」と一日が始まったばかりにもかかわらず、私は独り呟いた。
このように変えても意味は変わらないが、文音は変わっている。(……と、このように同じ単語を連続で使うのも文音が悪い)
しかし、「文音が悪い」といってしまったものの、それが何故悪いかはまだ研究中である。
音声について学び、研究すれば何か掴めると思っている。
また、音声のリズムと、文音は別物であることが、この間の発見でわかった。
その発見とは、「4秒」と「四秒」の違いである。
客が着たというのに店の主は挨拶を返しません。口に含んだ紅茶を、まだ飲み下していないのです。
じっくり4秒。
四秒かけて嚥下し、そこで始めて「いらっしゃい」と声をかけました。
共に「よんびょう」と読み、アクセントも何も読み上げたときには変わらないのにも関わらず、「4秒」と「四秒」には、読んだときにイメージの違いがある。
これは、「4」という数量と「秒」という単位のかたまりである「4秒」は、
◎__4
|_秒
という、構造を持っていて、対する「四秒」は、漢字が繋がっているため一塊りのように認識されて「四秒という時間」そのままを表現している。これを視覚化すると、
◎__四__秒
という構造になり、「4秒」と「四秒」はイメージ的にも違う物だとわかる。
これらは、化学の現象に似ている。
水に砂糖を混ぜても分子レベルでは化合しないが、水に塩を混ぜれば分子レベルで化合する。
「4」「四」「秒」それぞれが”言詞“であるとすると、「四秒」は”化合物“であり、「4秒」は”混合物“とは言えないだろうか。
ただし、言詞学なので”化合詞“と”混合詞“と仮に呼ぶこととする。
そのような経緯で考えていくと、
・文詞:「100」や、「百二十」等、同質の文字が繋がったものや、単語
・言詞:一文字
・伝詞:一文字の中に含まれる意味
と言える。
閑話休題。
さて、「4秒」と「四秒」の文音が違うということはわかった。そこで、これを発展させる事とする。
「4秒」と「四秒」のそもそもの違いは何かと言えば、ローマ数字と漢数字の違いである。そして、「四秒」に関しては、”漢字が繋がっているので一つに見えた“わけである。
そこで、こんな物を例に挙げてみる。
「乙種第4類危険物取り扱い者免状」
これと、
「乙種第四類危険物取扱者免状」
違いは「4」と「四」と「取り扱い」と「取扱」である。
この二つを視覚化すると、
◎__乙種
| |_第4類
|__危険物
| |_取り扱い者
|__免状
◎__乙種
| |_第四類
|__危険物
| |_取扱者
|__免状
と、構造は同じになっている。しかし、前者は化合詞と混合詞が交互に混ざり合っているのに対して、後者は化合詞のみで構成されている。
下手をすれば後者は、「乙種第四類危険物取扱者免状」という、一つの文詞としても見られる。もっとも、前者にしてもそれは言えることだが、後者と比べればそれは少なくなる。
ここから何が言えるか……に関してはまだ研究中である。
しかし、どうやら「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「数字」等の文章中の変化によって、文音は変わってくるようだと言うことがわかってきた。
@ 午後の授業
A ごごのじゅぎょう
共に視覚化しても同じ構造となるが、後者は実に読みにくい。これは、同じ要素の文字が並ぶためどこで区切って良いかわからない為である。
それでは、こうしてみてはどうだろうか。
B ごごの、じゅぎょう
多少は読みやすくなったはずである。
「読みやすいように句読点を打つのは当たり前のことだ」「句読点があれば、朗読の場合そこで一拍置くと教わった」と言われるのならば、こちらはどうだろうか?
C ごごの”じゅぎょう“
このように、「文字」や「数字」の他に、「記号」という言詞が存在する。
「 」や” “のようにセットで登場するものや、 、 。 のように、単独で登場するものであるり、これらは句を刻み、文音を変える。
詳しい効果は現在研究中であるが、セットで登場するタイプは強調の役割を持ち、単独で登場するタイプは分断する役割を持っているようである。しかし、どちらにせよ、発音はされないのに文音は変わる。
その、「発音はされないのに文音が変わる現象。または、それを起こすもの」を”句刻“(くぎり)と呼ぶことにする。
由縁は先の「句を刻み、文音を変える」からである。文音を良くするも悪くするも句刻しだいと言うことだ。
それらは、記号や段落、字下げ、字体の変化等多種多様で、おそらく私の知らない句刻が存在することだろう。
考えようによっては、@ 午後の授業 では、「の」を読んだ時点で句刻が発生し、続く「授」が目に入った瞬間にも句刻が発生したと考えられる。
ただし、極々弱い句刻ではある。
しかし、弱かろうがなんだろうが、それならば漢字やひらがなの続き具合で句刻を判断してみてはどうかと考えることもできるだろう。しかし、それには問題があるのだ。
「私は」や「言った」等の漢字とひらがなが繋がる場合がそれである。
それぞれ視覚化すると、
◎__私
|_は
◎__言__っ__た
となり「私は」は混合詞、「言った」は化合詞となっている。混合詞の文字種類の変化は句刻とみなして良いが、化合詞の文字種類の変化では句刻は発生しない。
そのあたりの問題がネックとなるのだ。
「言った」というのは動詞で、読んだとき一つの言葉として考えるためか、句刻が発生しない。
しかし、文書全体を眺めた場合、視覚的にひらがなと漢字の差違は濃淡として現れる。
漢字は難しい、ひらがなはやさしいというイメージがあり、結果、見た目濃度の濃い文書は「硬い」。濃度の薄い文書は「柔らかい」ととられる。この差違は読んでいる最中も意識せずに影響すると思われ、故に「言った」等の送り仮名のある文詞はそこで句刻が発生しているか否か判断しかねるのだ。
この辺りも実験によって統計的な傾向を見つけていくより他はない。
また、特殊な場合もある。
@ 一言言った
A 一言云った
B 一言いった
C ひとこといった
これらがその例である。文詞と化合詞が並んでいて、それぞれ隣接する文字が同じ属性を持っている場合と、そのバリエーションだ。
それぞれを視覚化すると、
@__一言__言った
A__一言
|_云った
B__一言
|__いった
C__ひとこと__いった
とできる。ただし、四つを見比べた場合の構造であって、実際にはその差違は少ない。特に@とAはそれこそ極わずかな差だといえる。
すなわちAは、
A__一言__云った
と書き換えられ、@ACは同じ構造を持ち、Bのみが別構造だといえる。
しかし、文音と句刻で考えれば、それぞれがそれぞれに違うわけである。特に@に関しては「言言」と「言」が並んでいて、しかも「言々」と書き換えられない場合であるため特殊な場合といえる。
これらを骨格に、今後は「“文音“と”句刻“」、「”化合詞“と”混合詞“」、「”文詞“”言詞“”伝詞“」について、音声の視点から突き詰めていきたいと思っている。
4.言詞学応用
さて、それでは今まで紹介してきた言詞学が、どの様に応用できるか、実践段階・アイディア交えて考えてみよう。
まずは文章の視覚化についてであるが、これは文章を書くときにプロットとして使える。
が、プロットとして使うよりも効果的なのは、一度文章を書いて、それを校正する際にとても有効であることが体験談でわかった。
プロットとして視覚化し、それに基づいて文章を書いても、やはり歪みは生まれる。プロット通りに書けば、その出来上がった文章は視覚化すればプロット通りになるはずであるが、これがうまく同じになることはまずない。
原因は思いつく限りで二つあり、一つは「書く能力が足りずに歪んでしまった」こと。
二つ目は、「書いているときと読んでいるときとで心境や知識に変化があった」場合である。
一つ目は説明をするまでもないので省略する。
二つ目は、この文章の視覚化方法は「読み手にとって、どのように捉えられているか」を見る為の手法で、心境や知識によってこれは大きく変化することもある為に起こることである。
これが「本は生きている」といわれる由縁であると私は考えている。
故に、二つ目は逆に喜ばしい物と考える。
しかし、より良い物とするために、その構造を元に、より良いと思う構造に作り直して、それをもとに書くと良いだろう。
さて、問題は一つ目で、これは「伝えようとした事を、伝えようとした雰囲気で伝えられていない」と言うことである。
「伝える」ということについて、こういう話しを聞いた。
伝えると言うことはバケツリレーのような物で、渡す度にバケツの中の水は、少なからず減っていく。しかし、受け取った側は、その減った分を補おうとするのだと。
全部が全部を伝えることは不可能だと言うのだ。そして、その意見には私も賛成する。
全部が全部伝わってしまったら、変化がない。少しずつ少しずつ変わって行き、途中でアイディアが閃くのだと、私も思っている為だ。
話しを戻すと、これを使えば、大体相手にどの様に伝わるか見えて、直しを入れる際に便利である。ということである。
二つ目の利用方法は、これは今回紹介した言詞学全般についてのアイディアである。
これはまだ実用段階ではないが翻訳に役に立つと考えている。
翻訳ソフトは元の文章の雰囲気までは翻訳できていない。しかし、文章を視覚化したデータが手元にあれば、望む言語に、望む文章の並びで翻訳でき、相手に雰囲気まで伝えられると思っている。
翻訳家を介してしまうと、翻訳家のセンスによってイメージが大きく変わってしまうのだ。
味を充分引き出せれば言うことはないが、場合によっては悪くなってしまう。雰囲気そのままに翻訳できる人間は少なかろうと思う。
文音や句刻も、世界各国変わってくるだろうからその点では苦労すると思うが、私が死ぬまでには、そんな翻訳ソフトが欲しく思う。
三つ目は夢となるが、いつか機械に、文章を読ませてみたいと思っている。
5.今後について
今回紹介した文章の視覚化は一パターンであったが、他にも意味や言いたい要素を列挙しグラフ理論やKJ法を応用した視覚化技法も考え、今回の視覚化した物と組み合わせて、色々と考えていきたいと思っている。
文音に関しては、つらつらと書き綴ってみたものの、実際に数多くのデータと顔を合わせたわけではないので、まだまだ間違いや不備があることだろう。
それら諸々を今後は突き詰めていきたいと思っている。
また、院生の発表会や、卒研を見て、「GA」「AHP」「発話プロトコル」等が、この研究に有意義な考えであると感じ、今後それらについての考えを参考にしていきたいと思っている。
今回は「雰囲気」「文音と句刻」についてのレポートであったが、現在、「読み手側のテンション」についても考えている。
考えがある程度まとまったら、レポートとしたい。
6.まとめと言うか、感想というか、おまけ
さてさて……まずは、文体が偉そうでごめんよー。(^^;;
んで、”言詞学“という言葉は、川上さんの「都市シリーズ」……つーか、ゲーム版OSAKAで色々語られたものなんだけど、今回私がまとめたレポートとはほとんど関係ないから安心して。(笑)
いやいや、私のやってる研究が”言詞学“っぽかったんで使っちゃったんですわ。(^^;<名前だけ
一章で紹介した”言詞力学“がその中で言われていた”言詞学“ですが、あまりにファンタジー色が強くて、研究対象にはならないと判断したんですなー。私も興味あまりないしね。(笑)
句刻と文音という言葉も、元はゲームOSAKA内のキャラクタの名前だし。んーむ、私もたいがいいい加減だなぁ。(^^;
でもまぁ、結構勝手がよいので、それ以上に使いやすい一般的な言葉がない限り今後もそれらの言葉を使っていくと思います。
ヨタ話はまぁ、これ位して、今不安なのは「私一人で研究していて、独り善がりにはならないかなぁ」と言うことなんですわ。
そんなわけで、興味のある人とか、暇人の人、なんかアドバイスください〜。(^^;
いや、私機械系(つーか工業系?)の人間なので、その視点からでしか新しい発見とか出来ないのですわ。きっと。だからプリーズ。
あ、あとは「この手法使ってみたけど、使えないよ」とか「結構使えた」とか「別のことに使えた」とかいう感想も欲しいですわ。データ欲しい欲しい。(笑)
私的には、かなり使える手法なんですけどねぇ……。
さてそれでは、皆様の何かの足しになれば良いなと思いつつ、今回はこれまでで失礼いたします。以上
<戻る>