Last Modified 99/06/15

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初代PC リオン・ラファールリオンの日記 プルト歴498年


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今年前半の一番のニュースはやっぱりミダ杯の選手に選ばれたということだろう。
リムウルグの仕事に力を入れつつも、僕は訓練に励み、コーク杯に続き、ミダ杯のショルグ杯で優勝することができた。

リムウルグ拡大計画の方はますます順調だ。
人員スカウトのために毎日のようにいろんな人に声をかけている。
その結果、リムウルグ52人、バハウルグ19人、ガアチウルグ9人というすごい偏った状態になっている。
最近リムの漁場が狭いなぁと感じるのはあまりにもたくさん人がいすぎるせいだろうなぁ。

そうそう。
ある日仕事帰りに息子のナイツとすれ違った。何をしているのか尋ねてみるとバスの浜でスピードを鍛えるのだと言う。
子供ながらに頑張っている息子の姿に胸が熱くなった。
がんばれ、ナイツ。ショルグ長になりたいという夢が叶うと良いな。

さて、498年の後半もなかなか忙しかった。

妻のオーリーはBリーグ戦の結果、Bリーグ5位からBリーグ3位へと順位を上げた。
僕自身のAリーグ戦の方もなんとかAリーグの1位を保つことができた。

しかし、なんと言っても後半の山場はドラゴンドロップ杯だった。
六大武術大会のチャンピオンは無条件で出場できる大会なので、コーク杯とミダ杯とイム争奪戦のチャンピオンである僕は出場選手に選ばれた。
僕の一回戦の試合は大会初日で、対戦相手は、評議会議長のダラー・リードさん。
僕はその日に向けて修行して、技を磨いていた。
ところが、試合当日、ダラーさんが危篤となったことを知った。
ダラーさんは長い間議長をつとめつづけた人でプルト共和国の最多評議会議長の記録保持者だった。
ウルグも僕と同じリムウルグ。ダラーさんの危篤のニュースはショックで僕はお見舞いにかけつけた。

こうして一回戦は不戦勝ではじまったドラゴンドロップ杯は日程の関係上Aリーグ戦とのダブルヘッダーになったこともあり、なかなか大変だったが、決勝まで勝ち進むことができた。
しかし、初めて間近で見た龍バグウェルはとてつもなく大きくて、僕にはとても勝てると思えなかった。
実際あっさりとKO負け。まだまだ修行が足りない。
次にバグウェルと闘う機会を得たら今度はもっと善戦しようと誓った。

年末のあわただしい時期に、妻、オーリーの妊娠が発覚した。
3人目が欲しいねとは常々話していたのでとても嬉しく幸せな気分だ。
男の子だろうか。女の子だろうか。
どっちにしたって来年生まれてくるのが楽しみだ。

年末のウルグ長選挙は、去年同様2位以下に大差を付けて当選した。
みんなに支持してもらえることは有り難いことだ。

大晦日の日は、評議会議長選挙だった。
亡くなったダラーさんの後任を選ぶ選挙で、僕はその候補者となった。
僕に投票してくれる人がどれくらいいるのだろうとドキドキしながら投票所で待っていると真っ先に駆けつけて1票入れてくれたのは妻のオーリーだった。
じんと胸が熱くなり、僕は泣きそうなくらいに感動した。
ありがとう、オーリー愛してる。

リムウルグ拡大のための人員スカウトのために、共和国民に毎日のように声をかけていたのが良かったのか、選挙の結果、大差を付けて当選。僕は第17代目の評議会議長となった。
プルト共和国のために頑張ろうと思う。
それと、個人的なことになるけれど、来年の娘のクラリスの成人式に議長として参加できるのは嬉しいことだ。

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