左利き哀歌


BY ゆうきゆうき


 左利き早死説というものを聞いたことがあるだろうか?
 私もうろ覚えにしか覚えていないのだが、「左利きの人間は日常生活で些細なストレスがたまっていき、右利きの人に比べて早死にする」という説だったように思う。
 この説を聞いた時、左利きの私は思ったのだ。
「うむ。そういうこともあるかもしれないな」と。

 左利きの人間の不便さについて右利きの人間は全く気付いていないことが多い。
 何故ならば左利きの人間が不便を感じるところというのは右利きの人間には当たり前に感じる部分だからなのである。そこに不便が存在するとは夢にも思わないのである。
 例えば、急須。急須でお茶を注ごうとしたとしよう。右利きの人間は何の問題もなく右手で急須を持って苦労もなくお茶を注ぐことができるだろう。しかし、左利きだとどうなる?右手のラインに合わせてある斜めの取っ手がついた急須は左手で扱うのが非常に大変なモノの一つである。左手でお茶を注ごうとする場合、まともに急須を持つこともできないのである。そのため、結局左利きの人間は不器用な方の右手を使ってお茶を注ぐことになるのだ。やけどでもしたら大変である。やかんのように上に取っ手がついている急須もないこともないが、少数派だと思われる。
 似たような話だと注ぎ口のついたお玉。これを右手で持つと内側に注ぎ口が来て非常に注ぎやすい。しかし、左手で持つとどうなるか?当然注ぎ口は外側に来るので非常に注ぎにくい。そのまま使おうとすると腕が反り返ってしまう。そこで、左利きの人間は仕方なく、注ぎ口を無視するか、右手で注ぐしかないのである。
 自動改札だってそうだ。普通右利きの人は切符を右で持っているだろう。だから、右側に切符投入口がある自動改札をすんなり通ることができる。しかし、左利きの私は無意識に切符を持つと必ず左手で持っているのだ。左手で切符を持ちながら自動改札を通ろうとするためには身体を反転させてバックで入るか、左腕を身体の前にクロスさせて入るしかない。それならば、右手で持てば良いじゃないか?と言われそうだけれど、右手で持つとそれはそれでまた別の苦労があるのだ。左利きにとって右手というのは不器用で使いにくい方の手なのだ。不器用な右手ではうまく切符を入れられないことがある。朝のラッシュ時などに自動改札で手間取ると睨まれてしまうからこれは困る。
 切符自販もよく考えると右利きをメインに考えてあるみたいだ。コインの投入口はたいてい中央より右にある。切符と同じように左手で入れるのは入れにくいし、右手は不器用なのだ。苦労は多い。
 これは設置スペースによって違うことも割と多いが、トイレのトイレットペーパーだって基本的には右手で取りやすい位置に置いてある。左に配置されている場合はわざわざ左にとりつけたというよりは設置場所がそちらにしか取れなかったので仕方なくという色合いが濃いように思われる。
 左利き専用の道具が必要なものもある。例えば、包丁とはさみ。両刃の西洋包丁ならどちらの手で使っても構わないが、和包丁は片刃である。右利き用の和包丁は左手では使えない。
 私も包丁は右手で使う。これは母から料理を習った時に母が「左手で包丁使っているのは危なっかしくて見てられない」と言ったからだ。当時、母の言葉に大人しく従ったため、今では左で包丁を扱うことは全くできず、包丁は右だけで使っている私だが、よく考えると少し変だ。右利きの母の感覚では確かに左手で包丁を使う私は危なっかしく見えたかもしれないが、私にとっては利き手である左手で包丁を持った方がずっと安全ではなかったのかと。
 また、はさみも左利きには使いにくい代物である。そのため、私ははさみは右手で使っている。うちの弟(彼も左利きなのだが)は器用に左で使っているが、普通はなかなか左では使いこなせないものだ。

 ざっと考えただけでもこれだけの不便がある。日常にはもっともっと左利きに不便なことが多いのだ。少しずつストレスがたまって右利きの人間よりも早死にするという説に納得できたのも、日頃こんなことを感じているからなのだ。
 こういう話をすると、右利きの人間は大抵こういう感想を漏らす。
「ああ、そうかぁ。気付かなかったなぁ」
 そう。何も考えずに行動しても自然な形で振る舞える右利きの人間は左利きの人間の苦労になかなか気付いてくれないのだ。私はこれがちょっと寂しいのである。そのため、私はチャンスがある度にできるだけ左利きの不便さを右利きの人間にアピールしている。今回こんな話を書いているのもそのためだ。

 ところで、良く「左利きの人間は器用だ」と言うことを聞く。
 しかし、左利きの私に言わせると、そんなことはないのだ。左利きでも不器用な人間はたくさんいる。現に私がそうなのだ。
 それなのに右利きの人間に「左利きの人間は器用だ」と思わせる理由はなんなのだろうか?
 以前、知り合い人に「左手で良くそんなにいろんなことができるよね」と言われた。そして「左利きって器用なんだね」と。「左手でよく字がかけるね」ともよく言われる。
 ちょっと待て。左利きの人間が左手を使うのと同じくらい右利きの人間は右手でいろんなことをしているではないか!それを言ったら右利きの人には「右手で良くそんなにいろんなことができるよね」という言葉を返さなければならなくなる。
 右利きの人間はいぜんとして社会では多数派である。それ故に右手は使えるが左手は上手く使えないということを当たり前に考えている人は多い。だからといって、左手を使うというだけで左利きは器用とは一体どういうことなのだ。それは言い過ぎなのではないのだろうか?
 もっとも、上にいろいろ例を挙げたように左利きの人間は仕方なしに右手を使う場面も多いのだ。
 右利きの人間がほとんど左手を使う機会がないことを考えると、仕方なしにとはいえ両手を使わなければならない左利きの人間が器用に見えることはあるだろう。
 そういう理由なら納得する。しかし、左手を使っているだけでその人が器用と思うのは早まりすぎだと私は思うぞ?

 最近は、脳のために無理に利き手を直さない方が良いという説が出て以来利き手を直さなくなったので随分左利きの人間が増えた。しかし、この日本はいぜんとして右利き社会なのだ。
 左利き人間の一人として言う。どうか右利きの方々、もう少しだけ左利きの人間のことを考えてくださいね・・・と。

【FIN】

1996.1.19 finished
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