BLACK NIGHT GOLD MOON


BY ゆうきゆうき


 静かな夕刻。堅固な造りの道場の中、精悍な顔だちの青年が瞑想に耽っている。
  彼の名は結城晶。晶はこの結城道場の跡取り息子であり、師範代としてこの道場の門下生を教える立場にあった。
「師範代!」
 息せききって道場に駆け込んで来た門下生が晶の瞑想を乱す。晶は不審そうな顔で門下生を見た。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
 落ち着いた声。態度も堂々としていて、晶はこの大きな道場の師範代にふさわしい人物であるように思われる。
「門のところにお客さんです。師範代に会いに来たって」
 晶とそれほど年の変わらない門下生がはしゃいだ様子で晶に告げる。
「それで?何をそんなに慌ててるんだ?」
 門下生の異常なまでのはしゃぎぶりを疑問に思いつつ、晶は立ち上がる。がっしりとした身体に道着を身に付けた姿は威風堂々であった。
「師範代、いつの間にあんな有名人と知りあったんです?」
 うずうずと好奇心に心を揺すられている門下生の視線を追うと、そこには涼やかな金色の髪を持つ男が立っていた。
「ジャッキー?」
”Hello!アキラ”
 少し高めの明るい声で英語の挨拶がかけられた。そこに立っていたのはインディーレースの世界の英雄、ジャッキー・ブライアント。世界格闘トーナメント終了時に別れて以来特に何の連絡も取っていなかった男の突然の出現に晶は戸惑いの表情を浮かべた。
 確かにあの戦いの中、何人かの選手との間に奇妙な友情が生まれた。ジャッキーともお互いの住所を教えあうことくらいはしたが、そこを訪ねるつもりもなかったし手紙さえ書かなかった。
”あー、どうしてここへ?”
 世界中を巡り、武者修行しているうちに身につけたたどたどしい英語で晶が尋ねる。ジャッキーはにっこりと微笑むと晶に良くわかるようにゆっくりとした口調ではっきり言い切った。
”この道場に入門しに来たんだ”
 ジャッキーの言葉を聞きとって晶は驚きの表情を浮かべる。
”なんだって?”
”オレはもっと強くなりたいんだ”
 ジャッキーがふざけているのではないかと疑い彼の青い瞳を覗き込んだ晶は、その瞳の奥に燃える炎の色に気付き表情を変えた。
”OK。ただし本気で門下生としてしごくからな”
”もちろん、それでOKさ”
 大きくうなずいたジャキーはどこで覚えてきたのか、晶に向かって頭を下げ日本語の挨拶で答えた。
「ヨロシクオネガイシマス」
「おう」
 少々怪しいジャッキーの発音を大目に見つつ晶はその礼を受けたのだった。

 突然の外国からの訪問客にさすがに結城家の人々は驚いたようだったが、ジャッキーが武道を極めに来たということを晶から聞かされ、彼の家族はジャッキーを暖かく迎え入れた。武道家である結城家の面々はもう一度一から技と精神を鍛え直したいと言ったジャッキーの言葉に好感を持ったようだ。
”この部屋を使ってくれ”
 晶がジャッキーを客間に案内すると、ジャッキーは日本間の様子をものめずらしそうに眺める。
”ただし、門下生としてうちの道場に入門する限り、客扱いはしないからそれは承知しておいてくれ”
”ああ、わかってるよ、アキラ”
 ジャッキーはにっこり微笑んで頷いた。
”自分の身の回りの事は全て自分でやること、道場のそうじをすること。それだけは必ずやってくれ”
”OK”
 こうしてその日からジャッキーの修行が始まった。

 何が彼をそこまで駆りたてるのだろう。晶は時折不思議そうにジャッキーを見た。一緒に暮らしてみてわかったが普段のジャッキーはお調子者と言っても良いほど明るく回りを楽しませてくれる性格だった。
 そんなジャッキーが稽古の時にはがらりと雰囲気を変える。うっかりすれば飲まれてしまいそうなジャッキーの砥ぎ澄まされた気に晶は感心する。
”はっ”
 結城道場の門下生を相手にジャッキーは稽古を積んでいる。長い足からしなやかな蹴りが繰り出され、金色の髪がゆらゆらと揺れる。その姿はまるで肉食獣のように鋭く隙がなかった。
 だが、何故?何度か口に出しそうになった問いを晶はその度に引き戻した。話さないのは聞かれたくないからかもしれない。晶はそう考え、ジャッキーが自ら語ってくれる時まで待つことにした。

 その夜は十五夜だった。古くからの風習にこだわりの深い結城家ではススキを飾り、月の見える縁側には月見だんごが備えられていた。
”ジャッキー”
 夕刻、晶がジャッキーの部屋を訪れ、声を掛ける。
”・・・アキラ?なんだ?”
”たまには一息入れないか?酒でも飲もう”
 一瞬の沈黙の後、客間の襖がそっと開く。
”そうだな。たまには飲むのもいいか・・・”
 誰に聞かせるでもなくつぶやいたジャッキーに晶は静かに話し掛ける。
”今夜は満月だ。良い酒が飲めるさ”
 晶の手の中で一升ビンがたぷんと小気味の良い音をたてた。

 しばらくの間、二人は無言で杯を酌み交わしていた。部屋の電気も消されているため二人が飲んでいる縁側は月の光だけに照らされ、淡く優しい光に包まれている。
 わずかに月を見上げ杯を干した晶は、ジャッキーの青い瞳がじっと自分を見つめていることに気付き、苦笑した。
”なんだ?”
”東洋人の髪は本当に不思議な色をしているな。まるで闇が溶け出したみたいな色だ”
”ん?何?”
 ジャッキーの言葉を聞き採れなかった晶が尋ねるとジャッキーはもう一度ゆっくりとその言葉を繰り返す。
”それなら・・・ジャッキーだって。お前の髪はまるで月の光みたいだな”
 月の光は人を詩人に変えるのだろうか。あまりにも自分達ににつかわない詩言めいた言いように二人はクスクスと笑い出す。
”だけど、月ならサラだな・・・”
 ジャッキーがポツリとつぶやいた。
"・・・サラ?トーナメントに出ていたあのサラか?"
 何も知らない晶の問いにジャッキーは静かにうなずいた。
”サラは・・・オレの妹なんだ”
 まるで月の光に促されたかのようにジャッキーはポツリポツリと自分のこと、そしてサラのことを話しはじめた。言葉は不自由だったけれど、晶も根気強くそれを聞いていた。
 インディーレース中の事故のこと。それを調査中に行方不明になったサラ。必死でサラを探しつづけ、やっと見つけたと思った世界格闘トーナメントではサラに命を狙われた。そして、大会終了と同時に忽然と姿を消したサラはまたもや行方不明になってしまった。
”オレは何がなんでもサラを見つけて助け出してやりたい。サラはオレの事故の調査をしていたせいで酷い目にあっているんだから・・・”
 青い瞳を月に向け、ジャッキーは静かにつぶやいた。
「そうか・・・」
 晶も月を見上げる。自分にも妹がいる。もし、サラの身に起きたようなことが自分の妹に起きたら・・・。そう思うと晶にはジャッキーの思いが痛いほど良くわかった。ジャッキーがあれほど真剣に技を磨いていたことにも納得出来る。
”お前の気持ちがよくわかるよ”
 そう言うと晶はジャッキーの杯を満たし、自分も杯をあおった。再び二人は無言に戻り、静かに酒を酌み交わす。二人の間で時は静かに静かに過ぎていた。

 そんな二人を空から眺めているのは暗い夜の闇の中、ぽっかり浮かぶ金色の月。しなやかで美しいサラのイメージは狩猟を司る月の女神アルテミスの姿に重なり、しゃんしゃんと降る月の光はジャッキーにサラの思い出をふりまいた。
 冴え渡る秋の夜。天上に輝く孤高のアルテミスは一体何を狩っているのだろう?
 そして、未だ戻らないサラは今、どこで何をしているのだろうか・・・。
”サラ・・・”
 そうつぶやいたジャッキーの胸の中には夜空の月よりも更に明るく、華麗な光を放つ金色の月が輝いている。けれども、ジャッキーの月・・・サラは未だに暗闇に飲まれ、輝きを失ってさまよっている・・・。

【FIN】

1996.1.22 finished
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