Hothouse Fruit


BY ゆうきゆうき


 オレ、リオン・ラファールの生家は航空機産業を営んでいる。もっともそれは表向きの話で、実際は軍事産業で儲けている死の商人だ。親父はラファール家の跡取りであるオレに強制的な英才教育を施し、オレの自由を奪っている。それに反発し続けた結果、オレは第2回格闘トーナメントの優勝を条件に自由を勝ち取るチャンスを得た。
「ふーん。まあまあだな」
 このトーナメントに出場する選手にあてがわれたホテルの部屋に荷物を置いて、オレはそう呟いた。ベッドが二つ並んでいる素っ気ないツインルーム。けれど、親父と出かけた時にいつも泊まるようなバカみたいに広いスイートルームよりはずっと居心地が良さそうに感じた。
「大会出場者の皆様へ・・・か」
 ベッドサイドの小さなテーブルに、洒落たカードに書かれた歓迎の言葉と盛り合わせのフルーツ。その中から真っ赤な林檎を取り出してシャツの裾で軽く拭いて、そのまま囓りついた。自宅にいる時ならば、行儀が悪いと誰かに咎められたかもしれないけれど、今回は気ままな一人旅だ。
「さてと・・・せっかくだから周りでも歩くとするか」
 大会開催は明後日からだ。世界各地から出場選手が飛んでくるため、時差緩和のために猶予期間が設けられている。明日一日は調整に費やすとしても今日一日くらいはのんびりした方が身体にも良さそうだ。それに、親父の目を離れてこんなにのんびり過ごせる機会なんて滅多にない。もちろん、オレは優勝するつもりだから、大会が終わればいくらでものんびり過ごせるようになる筈だけれど、とりあえず今日くらいは羽を伸ばしたって構わないだろう・・・?

 ジャケットをつかんで外へ飛び出す。長時間のフライトのせいで少し眠いので遠出することはあきらめて、ホテルの庭を散策することにした。
「結構広いな・・・」
 ホテルの庭は緑たっぷりで十分な広さを持っていた。ちらほらとトレーニング中の人影が見えたのは多分大会出場者だろう。けれど、どいつも大したことなさそうだ。オレの敵じゃない。
「あっちは温室かな・・・」
 太陽の光を反射してきらりと光るガラスの屋根が見える。何となく好奇心から中を覗いてみようと近づいてみる。
「へぇ」
 やはりそのガラスの屋根の建物は温室だった。ガラスの扉を開けて中に入ってみるとムッとした湿度の高い暖かい空気に包まれる。
「蘭の花か・・・」
 そこで栽培されていたのは豪華な蘭の花々。デンファレ、胡蝶蘭・・・等々。どれも一度は親父宛の贈り物で見たことがある花だ。
「こうして見ると結構綺麗なのにな・・・」
 オレは何故か蘭が好きになれなかった。多分、大嫌いな親父の機嫌を取るように送られてくる花だから嫌なのだと思う。
 しばらく蘭の花園を眺めていたオレは、温室がもう少し奥まで続いているのに気付き、奥へ行ってみることにした。
「ん?」
 温室の奥に誰かの気配を感じ、オレは息を詰め気配を消して近づいた。
「はっ」
聞こえてきたのは女性の声だ。気合いの入ったかけ声だから、きっとトレーニング中の大会出場者だろう。偵察という訳じゃないけれど、興味をひかれてオレはそのまま忍び寄る。
「っ…」
 思わず漏れそうになった声を慌てて押さえた。温室の奥でトレーニングをしていたのは美しい東洋人の女の子だった。東洋人は外見から年齢が良くわからないけれど、随分若く見える。もしかしたらオレより年下かもしれない。
「はいっ、やっ!」
 女の子のしなやかな身体が舞いを舞っているような美しい動きの型を作る。流派は違うけれど、オレがやっている蟷螂拳と同じ中国拳法だと言うことは一目でわかった。そして、彼女が相当修行を積んでいることも・・・。彼女の美しい動きには全く無駄がなかった。いつの間にか彼女に見とれていたオレは気配を消していたことを忘れてしまった。
・・・ガサッ。
 温室に植えられた熱帯の木に触れてしまい、その葉が音を立てると彼女はオレに気が付いた。
「あら。あなた、サインでも欲しいの?」
 にっこり笑って女の子はオレに近づいてくる。近くで見ると本当に綺麗な顔立ちだった。英語の発音もフランス語訛りのオレよりはずっと綺麗だ。
「サイン?」
 首を傾げて尋ねると彼女は可愛らしい声でクスリと笑った。
「あら?私がパイ・チェンだから覗いてたって訳じゃないのね?」
 パイ・チェン?その名前には聞き覚えがある。確か・・・前回のトーナメントの出場者だったよな。
「大会まで間があるし、今日はのんびり過ごそうかと思ってホテルの庭を歩いてたんだ。温室があったからちょっと中を見てみようと思ってたら、君がいた。それだけだよ」
「なぁんだ。別に私のファンとかじゃないのね」
 ほんの少しがっかりした表情を浮かべたパイにオレは質問する。
「ファン?君は確か前回のトーナメントに出場したんだよね?それだけでファンがついたりするのかい?」
「あなた、香港のアクション映画見てないの?」
「香港のアクション映画?香港のアクション映画どころか・・・映画を見たことがないんだけれど・・・」
 親父は映画なんてくだらないと言って、オレに映画を見る時間を与えてくれなかった。アクション映画なんてそれこそ、時間の無駄くらいにしか思っていないだろう。
「嘘!?映画を見たことないの?それって映画館でってことよね?テレビで放映された映画くらいは見たことあるわよね?」
「ないよ」
 即答するとパイは目を丸くして驚いている。
「あなた、どんな育ち方してるのよ?」
「話せば長くなるけど?」
 こんな温室で話すには向いていない話かもしれない。長時間話し込んでいたら頭がくらくらしてしまいそうだ。
「聞いてみたいわ」
 どうやらパイはオレに興味を持ったようだ。オレの方も可愛い女の子と話せる機会だから悪くないと思ってる。
「それじゃ、ここじゃなんだからホテルのティーラウンジに行こう。オレがおごるよ」
 温室からとびきりの美人をエスコートしてオレはホテルに戻った。

「そう言えば、まだ名前を聞いてないわ」
 ティーラウンジのスペシャルケーキセットを目の前にパイが口を開いた。女の子っていうのはどうしてこう甘い物が好きなんだろうな・・・。
「リオン・ラファール」
 リオンという名前は気に入ってる。ラファールという名字は気に入らないけれど。
「ふーん。良い名前ね。フランス人?」
「ああ」
 特に反応がなかったということは、オレがパイのことを知らないように彼女はラファール家のことを知らないらしい。フィフティフィフティで悪くない条件だな。
「随分若く見えるけどいくつなの?」
 オレは一瞬ためらってから答える。
「15だよ」
 まだまだ軽く子供扱いされてしまう年齢も気に入らないことの一つだった。
「あら。ホントに若いのね。西洋人の年齢ってよくわからないわ」
 クスクスと笑うパイにオレは言い返す。
「そういう君の年も見当がつかないんだけど?東洋人の年齢ってわからないよ」
 そう言いつつも、オレはだいたい14歳から16歳の間くらいだろうと見当をつけていた。
「女性に年を聞くもんじゃないけど、教えてあげるわ。19よ」
「19!全然見えないよ?下手したら年下かなとか思ってた!ホント、東洋人って若く見えるんだな」
 驚いて興奮気味にまくしたてるとパイはクスクス笑い続けている。
「あなたより年下って14とか?まさか。若く見すぎてるわ」
「あ、ごめんなさい。年下か同い年くらいだと思ってたから喋り方乱暴になっちゃって」
「別にさっきのままでいいわよ。今更敬語使われてもなんか変だわ」
 パイの笑いがおさまるのを待ってからオレは話を続行した。
「それじゃ、今までと同じに喋らせてもらうよ。君はパイ・チェンだったよね?」
「そう。香港で映画のアクションスターやってるの」
 それで香港のアクション映画か・・・。
「へぇ。オレ、映画見ないからわからないけど、人気あるだろ?君、美人だし」
「まあね。だからあなたのことも私のファンだと思ったのよ」
 パイは自信たっぷりにクスリと笑う。自分が美人なことを十分に知っているという態度だ。それが不思議と嫌味に見えないのは、東洋の神秘なのかな。
「それで、あなたは?映画見たことないなんて一体どんな家で育ったの?」
 真面目に語るには少々気が重いので大ざっぱに勢い良く話してしまおう。
「とびっきりの大金持ちさ。フランスの大財閥でさ、オレは跡取り息子だから毎日嫌になるほどの英才教育。朝から晩までぎっしりと親父が決めたスケジュールが詰まってて、映画なんてくだらないって理由で見せてもらえなかった」
「ふーん」
 くるくると紅茶の中のティースプーンを回してパイが頷いた。
「それは残念ね。香港のアクション映画って面白いわよ。見たら絶対スカッとするんだから」
「へぇ。トーナメントが終わったら君の映画でも見てみようかな」
 カフェオレをくいっと飲み干してパイに笑いかけてみる。
「あら?お父様が許してくれないんじゃなかったの?」
「あんな奴、もう関係ないさ」
 思わず荒くなった口調にパイが反応する。
「お父様が嫌いなの?」
「ああ。オレを縛り付けて無理矢理英才教育を詰め込む親父なんて大っ嫌いだね。だから、思い切り反発してやったんだ。それで、このトーナメントに優勝したら自由に振る舞う権利を得る約束を取り付けた」
 オレの言葉にパイは少し驚いた様子で目を見張る。
「あら。あなた、トーナメントの出場者だったの?お金持ちっていうからてっきり見学に来た物好きかと思ってたわ」
「バカにしないでくれ。オレは絶対優勝するよ?」
 じっと目を見つめてパイに囁く。パイは目を細め、クスリと笑った。
「トーナメントに優勝するのはあなたじゃないわ、私よ。お金持ちのお坊っちゃん、温室育ちのあなたなんかには負けないわ」
 穏和だったパイの表情が不意に獲物を狙う豹のように鋭く研ぎ澄まされる。
「温室育ちだって・・・!?」
 オレは「バカにするな」と続けようとした言葉をパイの気迫に押されて思わず飲み込んでしまった。
「私の父は強さばかりを求めている人なの。母はその犠牲になって過労で死んだわ。だから、私は父を許さない。父を倒すためにこのトーナメントに出るのよ!」
 パイの父親?そう言えば、確か前回のトーナメントの優勝者はラウ・チェンと言った筈だ・・・。
「父親を大っ嫌いだなんて甘いこと言って、自分の自由を得ようとしてあがいているお坊っちゃんなんかと一緒にしないで!私は父を憎んでるのよ!」
 炎のような気迫。一瞬かなわないと思ってしまった。けれど、オレだってどうしても負けられないんだ。
「いや、オレは負けない。君が相手でも全力で倒す!」
「もちろんだわ。下手に手加減なんかしたら、吹っ飛ばすわよ」
 お互いの闘志がぶつかりあって、急速に燃え上がり、そして二人は同時に我に返る。
「やだ・・・私達、場所もわきまえず何やってるのかしら」
「そうだな」
 すっかりティーラウンジ中の視線を集めてしまっていた事に気付き、オレ達は立ち上がった。
「そう言えば・・・君の使う拳の流派は?あれ、中国拳法だよね?」
「そうよ。燕青拳っていうの」
 燕青拳か・・・。心の中でその言葉を繰り返す。
「あなたは?あなたはどんな格闘技を身につけてるの?」
「オレ?オレも中国拳法だよ。オレの流派は蟷螂拳だ」
 オレの答えにパイはまたもやクスクス笑い出す。
「フランス人なのに蟷螂拳使いなんて珍しいわね」
「格闘技の教官が中国人だったんだ」
「ふーん」
 ティーラウンジからロビーを抜けて歩きながらオレ達は会話を続ける。短い間にずいぶん打ち解けることができたと思う。
「とにかく、お互いベストを尽くしましょう」
「ああ」
 握手を交わして誓い合う。お互いにベストを尽くして優勝を目指そうと・・・。
「私、絶対負ける気はないけど、もしもあなたが優勝して自由を得ることができたなら、私の映画を見たらいいわ」
「ああ、そうする」
 パイは自信たっぷりの笑顔を振りまいてオレに手を振った。
「ちなみに代表作は双龍伝よ。覚えておいてね」
「覚えておくよ」
 そう言い返してオレ達は別れる。束の間の友情は、闘技場であっと言う間に崩れ去ってしまうかもしれない。けれど、この出会いが無駄にならなければいいと・・・オレはそう思った。

 そして、第2回格闘トーナメントは・・・予定通り明後日に開幕する。

【FIN】

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