Cool Impulse


BY ゆうきゆうき


 多分私はずっと憧れていたのだ。兄の全てに・・・。

 幼い頃、親に勧められ入門した地元の載拳道の道場。思い切り身体を動かすことはとても楽しくて私はすぐに夢中になった。道場には同年代の女の子は他にはおらず、私は男の子の中で日々の鍛錬をこなしていた。
「うーむ。サラはどんどん強くなるのう」
 もともと素質もあったのだと師範は言ってくれたが、とにかく拳法が好きで好きでたまらなくって毎日道場に通い真剣に練習していたためか、私の上達はとても早かった。すぐに同い年の男の子などでは相手にならない程強くなり、私は年上の男の子に混じって練習するようになった。
 年上の男の子達はさすがに強くて練習が終わるといつもへとへとになった。それでも私は楽しくて楽しくて毎日汗を流し続けていたのだ。
 私には目標があった。一番身近にいた手強いライバルを倒すためにへとへとになるまででも楽しく練習を積んでいた。
 私の目標・・・。それは、兄のジャッキーだった。兄は素晴らしい格闘センスを持っていたのだと思う。大して練習もしてないように思えたが、それでも私よりずっとずっと強かった。
「ジャッキー兄さん!勝負よ!」
 兄は本当に本当に強かった。いつも私の挑戦を快く受けてくれた兄は時には憎たらしくなるくらい強かったのだ。
「サラにはオレに勝つなんて無理だぜ。女だろ?」
 何度兄に挑戦しても勝てない悔しさをバネに、私はもっともっと練習を積んだ。同年代の女の子の友人はファッションや甘い恋の話に花を咲かせていたが、私にはそれがくだらない話題に思えてならなかった。
「サラ、お前も少しはお洒落でもしたらどうなんだ?」
 いつも男の子みたいなカッコばかりしていた私に兄は良くそう言ったものだ。
「せっかくの美人がもったいないぜ」
 兄が笑いながらくれるそんな言葉は嬉しくないこともなかったが、私はそんなことよりは強くなりたかった。
「絶対兄さんより強くなってみせるわ」
 女だからという理由で全てを諦めたくなかった。努力すればきっと兄に勝る強さを手に入れることができると私は信じ、ますます武道に打ち込んでいった。
 強くなりたい・・・。
 すばやい動きで気付いた時には相手をマットに沈め、風を切り裂くような蹴りを繰り出すことのできる兄のように。
 相手を一撃で吹き飛ばし、鋭い拳で正確にとどめをさせる兄のように。
 誰よりも強く、憧れてやまない兄のように・・・。
 誰よりも誰よりも強くなりたい・・・。そんな思いがずっとずっと深く私をとらえていたのだ。

 その後、拳法に代わって兄が身を投じたのはカーレースの世界だった。そこでは世界最速を目指す男達が激しい火花を散らしていた。
「サラ、いい加減に機嫌直せよ」
 最初は拳法を捨ててレースなんか始めた兄に反感を感じていた。思い出すと我ながら大人気ないのだが、数ヶ月間も兄と一言も口をきかなかったくらいだ。
「今度のレースのパドックパスだ。サラ、一度見に来てくれよ」
 兄を無視しつづける私に兄は何度も誘いをかけて来た。
「一度見たらサラもきっとわかってくれる」
「今度のレースっていつよ?」
 あまりのしつこさに根負けして聞くと次のレースは来週だと兄は言う。
「わかったわよ。一回見に行ってあげるわ」
 その時、兄はまるで子供みたいに本当に嬉しそうに笑ったのだった。

「あんたがジャッキーの妹さんかい。噂通りの美人だな」
 兄を訪ねていったインディーレースのパドック。それは格闘の世界以上に無骨な男の世界だった。ちゃらちゃら着飾ったキャンペーンガールくらいしか女の出番の無い、大嫌いな男だけの世界。
「下手に手ェ出すと半殺しにされるぞ。サラはオレより強いんだから」
 兄がチームのメカニックに冗談めかして話す。嘘よ・・・今だってきっと兄さんの方が強いわ。レースなんてやってなかったら、もっともっと・・・誰にも負けないほど強いんだから。
「サラ、来てくれてありがとう。今日はサラのために走るよ」
「妹のために走るなんてバッカみたい。自分のために走りなさいよ」
 レーシングスーツを着込み、ヘルメットを被った兄が微笑んで言った言葉に反発してしまったのは、兄がまるで別人のように見えたからだ。

 隣の人物との会話もままならないほどの爆音。目の前を閃光が通り抜けてゆく。
「どれが兄さんの車なの?」
 驚くくらいに早いインディーカーを必死で目で追いながら隣のメカニックに向かって怒鳴りたてる。
「あれだ。あの赤と黒の・・・今、目の前を通り過ぎた!」
「見えたわ。兄さんこっちに向かって手を振ってたわよ!」
 あのスピードでよくそんな余裕があるものだ。半ば呆れながら私はレース展開を見守った。
「よーし!祝杯の準備さだ。ジャッキーがトップで帰ってくるぞ」
 活気にあふれるパドック。男達の誰もが目をキラキラと輝かせている。
「ふーん。カッコ良いじゃない」
 悔しいけれど、レースはとても魅力的な世界だった。兄があんなに夢中になるのも無理はない。
「サラ!見たか?優勝だぜ!」
 パドックに戻って来た兄はヘルメットを取って微笑んだ。びっしょりと汗をかいた顔に浮かんでいる無邪気な程にすがすがしいその笑顔が兄の気持ちを雄弁に語っている。レースが楽しいと。この世界で生きたいと・・・。
「カッコ良かったわよ、兄さん」
 その笑顔を見て私は兄のレース活動に反対するのはもう止めようと思った。心から兄を応援しようと思った・・・。

 シリーズチャンプがかかった最終戦。私は再び兄のチームのパドックにいた。
「兄さん、気を付けてね」
「ああ、サンキュー、サラ。でも負ける気がしないぜ。なんてたって勝利の女神がついてるんだからな」
 私の肩をポンと叩いて兄はパチリとウィンクを投げてくる。
「勝利の女神って?」
「サラ、お前のことだよ。お前が応援してくれるようになってから、すごく調子がいいんだ。お前は誰にも負けない勝利の女神だよ」
 ヘルメットをかぶり、兄はレーシングカーに乗り込んだ。
「幸運をわけてくれよ。最強の戦士!」
 軽い口調でそう言った兄に私も乱暴なエールを送る。
「負けて帰ったら承知しないわよ。サマーソルトキックくらわしてあげるからね!」

 レース序盤は順調で兄はだんとつの1位を走っていた。
「よーし。これならばっちりだ」
 パドックに詰めている人々も俄然盛りあがってくる。興奮に包まれたパドックは心地好い空間となっている。
 レース中盤。兄のラップタイムが少し落ちたが、それはおそらくタイヤかなにかの影響なのだろう。レースには私が思いつかない程の様々な要素が絡んでいる。
「マシンの・・・がおかしい・・・」
「何だって?ジャッキー、無線が良く聞こえない」
 だから、パドックの無線スタッフが兄と交わしている会話もそれ程気にとめなかった。何かの調子が少しおかしい・・・きっとその程度のことだろう。
「・・・ンジンの・・様子が・・・」
「ジャッキー、どうした?聞こえない!」
 無線の調子も良くないようだ。兄の声が酷いノイズにかき消されている。
「おかしな・・・炎が・・・」
「炎!?どういうことだ、ジャッキー!」
 無線スタッフが怒鳴るように兄に呼びかけた時、それは起こった。
「ジャッキー!」
 TV中継の画面を見ていた誰かが悲鳴をあげた。ハッとして画面を見るとそこには壁に炎をあげる赤と黒の車が・・・。
「兄さん!」
 めらめらと炎をあげる車の恐ろしい映像に身体が震えた。あの車の中にはまだ兄が乗っている・・・。消火器を手に持ったスタッフが兄の車に駆け寄り、火を消して兄の身体を車から引きずり出す。兄が意識を失っていることはTVの映像から見ても明らかだった。
「サラさん、ジャッキーはヘリコプターで近くの病院に運ばれるそうだ。急いで病院に向かおう」
 兄のチームのスタッフとともに、兄の無事を必死で祈りながら病院に向かう。これが単なる夢であったら、いつかは必ず覚めてくれる悪夢であったら良かったのにと・・・私はそう思った。

 兄は思いの外重症だった。命に別状はないようだが意識がなかなか戻らない。
「サラさん、少し休んだ方がいいですよ」
 私と一緒に病院に詰めている兄のチームのスタッフが心配そうに声をかけてくる。
「そうね・・・」
 兄さんの側についていたかったが、私の方まで倒れてしまうわけにはいかない。ひとまず食事を取ることにした。病院の味気ない食事を取り、聞くともなしにTVのニュースを聞いている。
「・・・ジャッキー・ブライアント選手の事故原因について・・・・」
 突然耳に飛び込んでくる兄の名前。私や兄のチームのスタッフの目はTVに釘付けになった。
「調査の結果、ブライアント選手の運転ミスの可能性が濃厚であるとの見解が…」
「嘘よ。そんな筈ないわ!」
 私は思わず叫んでいた。あれが兄の運転ミスである筈が無い。あの事故の直前に兄から届いた無線の音声。兄は確かに何かを伝えようとしていた。そう・・・あれはエンジンの不調を告げる声。おかしな炎と…そう兄は言った。
「サラさん・・・」
「ねぇ、あれは兄さんの運転ミスなんかじゃないわよね?」
 絶対にそんな筈はない。だって、あの兄さんが何もないストレートで急に運転ミスをするなんて考えられないわ。
「確かに・・・運転ミスと言うにはおかしな点がある。けれど、我々はマシントラブルだとは・・・考えたくないんだよ。すまない、サラさん」
 それはチームのメカニックとしては当然の答えだっただろう。けれど、その答えに釈然としなかった私は心の中で密かにあることを誓っていた。絶対に兄の事故の原因を究明しようと・・・。究明してみせると・・・。

 J6(JUDGEMENT6)・・・。兄の事故の原因調査をはじめた私は、その組織の存在にぶつかった。正体のはっきりしないその組織が兄の事故に関わっていることはどうやら間違いないようだった。
「あなたがサラ・ブライアントかな?聡明なお嬢さんだという噂は本当のようだね」
 州立図書館でパソコンに向かいデータベースを検索していた時、一人の謎めいた紳士に声をかけられた。
「あなたは?」
「私はJ6のTHE DEVIL。あなたを我が組織にご招待しようと思ってね」
「J6!」
 ハッとして身構えようとした私は自分がすっかり包囲網の中に入っていることに気がついた。私の周りの何気ない素振りで本を読んでいる人々は皆、この男・・・THE DEVILと名乗った紳士の配下の刺客のようだ。恐ろしいまでの殺気とサイレンサー付きの銃が私を一斉に狙っている。そのことを感じ取った私は抵抗を止めた。・・・抵抗できなかった。

 ふと気がつくと、私は格闘トーナメントの会場にいた。
 全てがぼんやりとして曖昧な視界。何もかもがはっきりとしない記憶。私は何故自分がその格闘トーナメントに参加しようとしているのかさえもわかっていなかった。しかし、私が格闘技をやっていたこと、そしてこの大会に参加する目的が何かあるという漠然とした記憶が私を会場にとどめていた。
「サラ・ブライアント。エントリーを認めます」
 受付で参加証を受け取った私はそれをぼんやりと眺める。
 サラ・ブライアント・・・。確かに私はそんな名前だった・・・。当たり前のことを確認しながら何かが足りないようなそんな不安に駆られている。
「サラ!」
 突然、名を呼ばれ振り返る。その男の顔を見た瞬間、頭の中で何かがはじけ飛んだ。
「ジャッキー・ブライアント!」
 夢を見ているような曖昧な世界が一点だけくっきりと見える。金髪の背の高い男が私の顔をじっと見つめている。そうだ・・・私はずっとこの男を追い続けてきたのだ。ずっとこの男だけを目標に・・・。
「私がお前を殺してやる!!」
 それだけが私の願い。どこかはっきりしない記憶が、ずっとこの男を倒すことだけを考えていたと伝えてくる。ずっとこの男を倒したかった。この男より強くなりたかった。
「サラ…?」
 怪訝そうな表情で私を見つめる男の横を通り過ぎる。身体中が燃え上がるような殺気が私の中で膨れ上がる。身体中の細胞の一つ一つまでがその男の存在に反応し、私の全てはその男だけに向けられる。
「ジャッキー・ブライアント・・・」
 すれ違いざまに腕を伸ばし、男の襟をつかんで引き寄せる。
「サラ?」
 私の目に映る男の青い瞳が細められ、男の声が私の名を呼ぶ。
「ワタシハ・・・オ前ヲ殺スワ」
 イツモソノ男ノコトヲ強ク思ッテイタヨウナ気ガスル。私ノ心ヲ支配スル唯一ノモノ。私ノ全身ガ彼ノ死ヲ求メテイル。
 ズット思イ続ケタ唯一人ノ男。
 ジャッキー・ブライアント。オ前ノ息ノ根ハ必ズ私ガ止メテミセヨウ・・・。
 私ハズットオ前ノコトダケヲ考エテキタノダカラ。

【FIN】

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平田優子E-mail Address:yuko-h@sannet.ne.jp
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