BLUE ROSE


BY ゆうきゆうき


「私、青い薔薇が欲しいの」
『誕生日プレゼントには何が欲しい?』という俺達の質問に俺達二人のアイドルであり、俺の初恋の相手でもある杏子ちゃんは一言こう答えた。
「青い薔薇?」
 びっくりして聞き返した俺。杏子ちゃんはまるで小悪魔のような笑みを浮かべて頷いた。その顔に俺は弱いんだ。逆らえなくなるからその顔で無茶言わないでくれよぉ。
「そう、青い薔薇よ。私、楽しみにしてるからね」
「でも杏子ちゃん・・・」
 無茶だよ・・・そう言おうとした言葉を杏子ちゃんは最後まで聞いてくれない。
「あら、こんな時間だわ。次のコマ、実験なのよ。それじゃ、お先に」
 動揺している俺を残してつれない姫君はいつものようにさっさと帰ってしまう。青い薔薇だって?そんなもん、この世に存在しないはずだぞ。確か、バイオテクノロジーで研究してて一生懸命造ろうとしているらしいけど、完成したって話は聞かないもんな。
「まったく…杏子ちゃんは一体どういうつもりなんだ?」
 まったく訳がわからない。遺伝学を専攻してる杏子ちゃんなら青い薔薇が存在しないってことくらい知ってるだろうに…。
「どういうつもりって…。青い薔薇が欲しいんだろ?じゃあ、僕も次、授業だから」
 どういう訳か落ち着いているクラークもいつものたまり場の茶店を出て行く。あいつ…青い薔薇なんてないって事、知らないんじゃないだろうか。クラークのヤツ、おっとりしてるっていうか・・・どこか抜けてるところがあるからな。
 あ、クラークと呼んでいるけどこいつは別に外人でもないし、ハーフでもない。腐れ縁の悪友クラークの本名は早野大志という。なんでクラークって呼ばれてるのかだいたいわかっただろう?ご想像の通り、「少年よ、大志を抱け」という言葉を習ったとき誰かが面白半分にあいつをクラークと呼び、それが定着したものだ。
 俺、森尾文明とクラーク、それに杏子ちゃんこと桜木杏子は今通っている大学の付属小学校で出会った。俺と杏子ちゃんは15年のつきあいになる。クラークは小学校4年の時にうちの学校に編入してきたのでそれよりは短いけれど、腐れ縁と呼ぶには十分な程の年月だ。
 どういう訳か気があって小学校以来ずーっとつるんでいる俺達。しかも、俺なんて、小学校時代からずーっと杏子ちゃんに片思いなんだから・・・。
 どうして告白しないんだって?うーん。理由はいくつかある。今の気持ち良い関係を崩したくないっていうのが一つ。それから、認めたくないんだけれど多分、杏子ちゃんはクラークが好きだってこと・・・。
 それでも俺はずーっとこのわがままなお姫様から離れられないのだ。
「それにしても青い薔薇ねぇ。杏子ちゃん…また無理難題をふっかけてきたなぁ・・・」
 残された茶店で俺はひとりごちる。さて、どうしたものだろう…。あ、あいつら伝票そのまま置いていきやがって・・・。今度会ったらきっちり集金してやるっ。

「うわ…すごい。これ、全部造花なんですか?」
 本物の青い薔薇はないのだから造花の青い薔薇を、と思いついた俺は都内の店舗を調べまくって見つけた造花の専門店に立ち寄った。
「へぇ、まるで本物みたいだなぁ」
 店の中に飾られた花々は色も香りも本物にそっくりで、触ってみて辛うじて造花とわかるくらい見事なものだった。
「これだけ似せるってのは大変なんでしょうね」
「ええ。でも、私、花が好きですから。この花はどんな形をしているのか、どんな色なのか、どんな香りがするのかって試行錯誤を繰り返して、うまく出来た時にはとても嬉しいものなんですよ」
 本当に花が好きそうな店長さんの言葉を聞いて、俺は少し音楽に似ているかもなと思った。
 俺は趣味でバンドをやっている。アマチュアレベルだけれど作曲もするしアレンジもする。この曲のアレンジはどうしようとか、どんなリズムにしようとか、どんな音色を使おうとか…そうやって悩みに悩んで完成した曲はきっとこの花と同じものなんだと思う。
 隅々にまで気を配られた花。そんな花に店長さんのこだわりを感じ、俺は店長さんに好意を持った。
「あ、ところで、実際に存在しない花っていうのも造れるんですか?」
 しばらく花に見とれていた俺は、本題を思い出し、店長さんに尋ねた。
「存在しない花ですか?」
 不思議そうな店長さんの顔。
「青い薔薇の花が欲しいっていう奴がいるんです。青い薔薇なんてこの世に存在しないでしょ…そういう花でも造れますか?」
 良く考えてみると、この世に存在しないものを欲しがるなんてとんでもなく我が儘だよな。あの我が儘姫っ。
 でも、杏子ちゃんが喜んでくれてあの綺麗な笑顔を見せてくれるんなら・・・なんて思っちまうんだから俺は杏子ちゃんの我が儘からは逃れられないんだよな。
「そうですね。もちろん、造れないことはないけれど…」
「お願いします。青い薔薇の花束を造っていただけませんか?」
 百合のようなイメージの店長さんは優しそうな顔で頷いた。
「青い薔薇が欲しいなんてロマンティックな人ですね。この世に無いもの…そう、まるで夢を追い求めているようだわ」
 ロマンティックか…。確かに杏子ちゃんはロマンティストだけどね。女の子ってのはこうもロマンティックなシチュエーションを求めるものか!?と感心するくらい杏子ちゃんはロマンティックなことが好きなのだ。
「えっと、それで…11月5日までにお願い出来ますか?」
「来月の5日ですか?ええ、大丈夫ですよ」
 俺は手帳を取り出して、スケジュールを確認する。5日は金曜か。ゼミはないけど選択授業のノルマン民族史が入ってるなぁ。あれは面白いから受けてからくるとなると・・・。杏子ちゃんの誕生日パーティーは夜だから十分に間に合うな。
「それじゃ…その日の夕方に取りに来ます」
「わかりました。それでは、その時までに綺麗な青い薔薇の花束を造っておきますね」
「あ…すみません。予算ってどれくらいになるんでしょう・・・」
 帰り際に気付いて俺は慌てて質問する。心配していた店長さんの見積もりはそんなに無茶な額じゃなかったので、結局お願いすることにした。
「それじゃお願いします」
 一礼して俺は店を出る。現実には存在しない青い薔薇の花を造ろうとしている店長さん自身もきっとロマンティストに違いないと、俺は思った。

 それから約2週間後の11月5日、俺は例の造花屋さんに足を運んだ。どんな花束が出来上がっているかとても楽しみだ。
「こんばんは」
 店に入ると店長さんがすぐに顔を出した。
「いらっしゃいませ。あ、このあいだの青い薔薇の方ですよね」
 店長さんがにっこりと微笑む。
「出来てますよ。少々お待ち下さいね」
 店長さんが奥に入って、透明なケースに入れられた青い薔薇の花束を持ってきてくれた。
「これでよろしいでしょうか?」
「すげ…」
 俺は息を飲んで絶句する。はじめて見る青い薔薇はとても…とても綺麗だった。
 なるほどなぁ。こんなに綺麗なものだからバイオテクノロジーを使ってまでも一生懸命に造ろうとしているんだ…。花を見ながらそんなことを思う。
「お花の色はこれで良かったかしら。もう少し明るい色とも思ったんだけど青い薔薇なんて誰も見たことないからわからないでしょ。悩んでしまって」
 店長さんが悩んだという花の色は比較的濃い青。青い薔薇はきっとこんな色だと確信できる色だ。
「とても綺麗ですね。ありがとうございました」
 オーダーメイドの青い薔薇の代金を支払う。く〜っ、やっぱり完全オーダーメイドだから結構高いぜ。あ〜あ、バイト代が思い切り吹っ飛んじまった。でも、それだけの価値がある花束だと思う。それに杏子ちゃんが喜んでくれれば価値は倍増だ。ホント…俺ってつくづくお人好しなのかもしれないけどな。
「この花束をお渡しするのはどんな方なのかしら」
 ケースをラッピングしながら店長さんが話しかけてくる。
「うーん、そうだなぁ。我が儘な奴ですよ。青い薔薇を欲しがるくらいだから…」
 俺は笑いながら答えた。
「でも、素敵な方なんでしょ。その我が儘を聞いて、こうしてわざわざ青い薔薇を用意しているくらいですもの」
「そうですね。我が儘だけど…すごく可愛い奴なんですよ。喜ぶ顔が見たくってつい我が儘を聞いてあげたくなるような…そんな人間なんです」
 思わず漏らした俺は急に恥ずかしくなって赤面してしまった。この花束を見て、杏子ちゃんは喜んでくれるだろうか。
「その方が喜んで下さったら私も嬉しいわ」
 花のように優しい笑顔で微笑む店長さんから花束を受け取って、俺は店を出た。

 杏子ちゃんのバースデーパーティーの会場は、あるカラオケボックスのパーティルームに用意されていた。花束を取りに行っていたため、俺が到着したのはパーティーのはじまる直前だったので、気の合う仲間達はすっかり集まっていた。
「あれ?クラークは?」
 本日の主役に尋ねると、肩をすくめながら答えてくれた。
「いつもの通り、まだ来てないのよ」
 いつもの通り…という杏子ちゃんの言葉通りクラークは遅刻魔なのだ。特に悪気はないらしく、のんびりしているうちに遅れてしまうらしい。さすがにつきあい長いのでもう慣れた。
「仕方ないなぁ」
 しばらく待っていたのだけれどなかなか来ないのでクラーク抜きでパーティーが始められることになった。
「杏子ちゃん、おめでとう」
 クラッカーが鳴らされる。親しい友人に囲まれて、杏子ちゃんは満足そうに微笑んでいる。
「杏子ちゃん。これ、約束のプレゼント」
 俺は綺麗にラッピングされたケースを杏子ちゃんに手渡した。
「ありがとう」
 杏子ちゃんが丁寧にラッピングを剥ぎ取った。青い薔薇が姿を現す。
「わあ…」
 透明なケースの中の青い薔薇の花束を見て、杏子ちゃんが感嘆の声を上げた。よしっ、杏子ちゃん喜んでる。店長さん、ありがとうっ。
「すっごく綺麗」
 ケースから花束を取り出して、杏子ちゃんは青い薔薇に顔を埋めた。
「これ、造花よねぇ。でも、いい香り。本当に薔薇の香りがするわ」
 あの店長さんが心を込めて造ってくれたものだからね。俺は心の中で呟く。
「ありがとうぶんめい。嬉しいわ」
 杏子ちゃんが喜んでくれたのでほっとする。ちなみにぶんめいってのは俺のあだ名。これまた理由は明快。ふみあきと読むべき名前をぶんめいと読んでいるだけだ。
「それにしても、クラーク…遅いわね」
 杏子ちゃんは時々心配そうにドアを方を見ている。微かに胸が痛んだがその痛みはいつものように無視してやり過ごす。もう慣れてる。大丈夫だ・・・。
「遅れてごめん!」
 しばらくすると、勢い良くドアが開き、クラークが入ってきた。両手に抱えきれない程の花を抱えている。
「杏子ちゃん、おめでとう」
 クラークが杏子ちゃんに渡したのは青い花束。もちろん、青い薔薇はないけれど様々な種類の青い花がある。
「花屋さんに笑われちゃったよ。青い薔薇なんてこの世に無いって…」
 クラークの言葉に回りの皆の間に笑いが漏れる。やっぱり知らなかったのか…。さすがクラーク。のんびりしてるよなぁ。
「仕方ないから花屋さんを5軒も回って青い花を買い集めたんだ。でも、青い花って余り種類無いんだね」
 まったくクラークらしい。困った顔して花屋を巡ってる時の姿が簡単に想像できるじゃないか。
「それから、これ」
 ちょっとためらってからクラークが胸ポケットから取り出したのは一輪の青い薔薇。
「青い薔薇…?どうしたの、これ・・・」
 杏子ちゃんは驚いた顔でその青い薔薇を受け取った。
「・・・あら?これ…ペンキの匂いがするわ」
 花の香りを嗅いだ杏子ちゃんがクスクス笑い出した。
「うん…。どうしようもなかったから白い薔薇をペンキで青く塗ったんだ」
 杏子ちゃんの機嫌を窺うようにクラークが報告する。
「ありがとう、クラーク。確かに青い薔薇には違いないわよね」
 笑いを噛み殺しながら杏子ちゃんが言う。ほっとしたようなクラークの顔。結局あいつもこの我が儘姫にはかなわないんだからな。
「とにかく二人ともありがとう」
 青い造花の薔薇の花束とペンキで青く塗った薔薇の花を持って、杏子ちゃんは微笑んだ。
「それにしても杏子ちゃん、無茶言うよなぁ。青い薔薇が欲しいなんて言われて、俺頭抱えたよ?」
 ホッとしたところで、とりあえずブーたれてみる俺。
「でも二人ともちゃんと持ってきてくれたじゃない」
 自信たっぷりに杏子ちゃんは応える。
「そうだけど…。青い薔薇なんてないってわかってるのに欲しがるかぁ?」
「だって、確かめてみたかったんだもの。夢が叶うかどうか・・・」
 杏子ちゃんの言葉の意味がわからず、俺とクラークはきょとんとする。
「青い薔薇ってこの世に存在しないでしょ。その青い薔薇をクラークとぶんめいがプレゼントしてくれたら、私達の夢がみんなかなうような気がしたの」
 杏子ちゃんは青い薔薇を愛しそうに眺めた。
「青い薔薇…BLUE ROSEってね、有り得ないものって意味なのよ。でも、二人が有り得ない青い薔薇を見付け出せるのなら、どんなに不可能に思えることでも可能に出来るって思ったの」
 不可能を可能に変える。青い薔薇はその象徴か…。
「二人とも青い薔薇を見付けてくれたから、ほっとしたわ。今、すごく自信があるの。私達、きっとなんでも出来ると思うわ」
 自信に満ちた杏子ちゃんの表情。
「そうか。僕達にとって青い薔薇は有り得ないものじゃないんだ。僕達に不可能はないって事だよね」
 クラークは納得したように呟いた。
 俺達はどんなことでも可能に出来る。それが杏子ちゃんの確かめたかったこと。そして、俺達は見事にそれを証明してみせた。はっきり言ってクサイけど…何とも言えない感動が俺の心に広がっている。杏子ちゃんが本当に欲しかったバースデープレゼントはこの感動なんだと思った。
「それじゃ、クラークも無事に到着したことだし、もう1回乾杯しましょ」
 上機嫌の杏子ちゃんが言う。俺達はグラスを手に取った。
「クラーク、乾杯の音頭取ってよ」
「僕?」
 杏子ちゃんからの指名を受けてクラークがグラスを掲げた。
「えーっと、杏子ちゃんの誕生日と僕達の未来に乾杯」
 HAPPY BIRTHDAY!杏子ちゃん、誕生日おめでとう。青い薔薇にそんな意味があったなんて全然知らなかった。
 今よりバイオテクノロジーが発達すれば、青い薔薇もきっと出来るんだろう。
 でも、俺達は今日、一足早く青い薔薇を手にいれた。そう…俺達3人は誰よりも早く未来を歩いているんだ。
『青い薔薇なんて珍しくもないよ』
 誰もがそんなことを言う時代には、俺達はさらに未来を歩いてやろう。誰も考え付かないような未来を、誰よりも早く手にいれる。それが俺達の望むこと。
 有り得ないはずのBLUE ROSEは実は俺達の目の前にあるんじゃないかな。ただ、重要なのはそれに気付くかどうかということ。そして、俺達は、絶対に青い薔薇を見逃さない。
 未来の英和辞典のページをめくると、きっとそこにはこう載っているだろう。
 BLUE ROSE・・・不可能を可能に変えること・・・
 そう。青い薔薇は、もはや、有り得ないことではない。

【FIN】

1996.10.28 finished
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