Innocent BLUE


BY ゆうきゆうき


 目の前を通り過ぎるたくさんの人。息が詰まるような人混み。様々な想いに突き動かされ様々な方向へ歩いていく群衆。色とりどりの傘が行き交う街の上に広がる空はどんよりと曇っていた。
 僕は大きな駅の前にあるベンチに座り、人々の流れを眺めながら歌を口ずさんでいた。大きく広げた青い傘はまるで切り取った青空のように僕を覆っていたけれど、降りしきる全ての雨を防ぐことはできなかった。
『僕の青はどこ?』
 その歌は、足早に駅前を通り過ぎる人達の耳にとまれば聞き慣れない外国語に聞こえることだろう。もっとも、僕の歌に耳を貸す人はいなかった。時折不審そうな視線を送ってくる人はいたけれど、大抵の人は僕に気付きもしないで去っていく。
 金の髪、白い肌、碧い瞳。僕の何もかもがこの街の人間達とは違っている。僕は異邦人だった。
『暗い夜の一筋のひかりのように』
 僕は歌う。願いをこめて。
 どうかこの歌に気付いて欲しい。願いをこめ、祈りをこめて僕は歌い続ける。何日も何日も。僕の姿がすっかり街の風景に溶け込んでしまうようになっても僕は歌い続けた。
 この季節、この街には来る日も来る日も雨が降る。僕はその雨の中で歌う。雨が僕の身体を濡らしたけれど、冷たいとは感じなかった。
『僕の青よ、僕を照らしておくれ』
 僕はただ一人の仲間をさがしていた。歌いながら雨に煙る人混みを眺め、仲間をさがしていた。
『まだ眠っているなら目覚めてくれ、ただ一人の青』
 それは僕にできる唯一の方法だった。僕が生まれた場所の言葉で歌を歌う。それ以外の方法を僕は知らなかった。僕は僕の歌に気付いてくれるただ一人を探していた。
『この歌は目印…僕は青を見つける』
 僕は願いをのせた歌を歌い続ける。
 空はどんよりと曇っていた。どこまでも続く重い灰色は失われた僕の青への思いを強くしていった。

 見付けた。
 何日間歌い続けたのかもう思い出せなくなった時、人混みの中の一人が僕を振り返った。顔立ちにまだあどけなさを残す美しい少女が不思議そうな顔で僕を見ている。この街の人達と同じ黒い髪、黄色い肌。けれどその瞳は…。
『唯一の青が僕を見つめる』
 僕は歌を続けた。人混みの中、立ち止まってこっちを見ている。透き通るような青。
「あなた、誰?」
 少女が話すのはこの街の言葉。けれど、それは彼女の本当の言葉ではない。
『やっと見つけた…僕の青』
 答えずに歌を紡いだ僕。少女は眉をひそめ僕を見る。
『思い出して、ただ一人の青』
 僕は歌い続ける。歌でしか彼女に言葉を伝えることができないから。
『僕は君の翼』
 少女が首を傾げる。何かを思い出すように青い瞳が細められる。
『君が脱いだ翼』
 少女の手が僕の髪に伸ばされた。僕の髪に触れれば何かを思い出す。彼女の表情はそんな確信に満ちていた。
『これは君のために見つけ出してきた輝かしい金』
 僕の纏う金色は彼女の指から吸い上げられて彼女の黒い髪を陽光の色に染め上げる。僕の髪は色を失い、雲のように真っ白になる。
『あなたは…私の白い翼』
 少女が僕の歌を引き継いだ。僕の歌と同じ、彼女が生まれた場所の言葉。歓喜の表情を浮かべ、彼女は僕の肌に触れた。汚れのない白が彼女を覆う。
『私の白…ずっと私をさがしていたのね』
 僕はもう残り少なくなった力で歌を歌った。
『思い出したね、僕の青』
 彼女は頷き、僕を胸に抱いた。僕の全てが流れだし、彼女の元へ戻っていく。
『ここは私の居場所じゃない』
 全てを思い出した少女が歌うと僕は…僕の全ては彼女の中へ溶けていく。僕らの育った天上の言葉で歌う彼女の歌をききながら僕は彼女になっていく自分を感じていた。一度彼女に脱ぎ捨てられた僕は再び彼女の一部になっていく。
『僕の青…』
 僕の最後の歌は声にならず、僕の青が取り戻した白い翼の羽ばたきに変わっていた。
 バサリ。
 空はもう曇っていなかった。彼女の髪のようにキラキラ輝く陽光が湿った街の空気を乾かしていく。
 バサリ。
 僕は彼女の背中で大きな音をたてた。彼女が飛び立った空は青く青く広がっている。
 やがて天使は空にとけ、白い翼は雲になった。
 無邪気なまでに青い空に雲がただ一つ浮かんでいた。

【FIN】

1998.4.9 finished
[優子の部屋 HOME] [ライブラリYUKO] [オリジナル小説の部屋]

ご感想・ご意見はこちらまで
平田優子E-mail Address:yuko-h@sannet.ne.jp
小説作品の感想送信用フォームもどうぞご利用ください