裕太のラーメン


BY ゆうきゆうき


 美咲三丁目のガード下に最近ラーメン屋台が出るようになった。客はまだそれほど多くない。店主はまだ中学生と言っても通用するような童顔で少し背の低い少年で、名前を天野裕太と言った。その屋台を訪れると短く刈った髪にねじり鉢巻、Tシャツとジーンズにエプロンをしめた裕太が元気な笑顔で客を迎えてくれる筈だ。
 幼い頃に父親を亡くした裕太は、女で一つで裕太を育てた母親にこれ以上苦労をかけまいと中学を卒業してすぐに知り合いのラーメン屋で修行を積んだ。ちょっと無理してラーメン屋台を持ったのはつい先日のことだ。
「らっしゃい」
 暖簾をくぐって屋台を覗き込んだ客をいつもの通り威勢の良い声で迎えた裕太は、その客の顔を見て気抜けした表情を浮かべる。
「なーんだ、お前か」
 訪れた客は裕太の幼馴染みで親友の佐々木和弥。近くの進学校の制服を着込んだ銀縁眼鏡の真面目そうな少年だ。相手が和弥とわかって裕太はいつもの営業スマイルじゃなくて、ニッという感じのばつが悪そうな笑顔を見せる。
「なんだはないだろ、裕太。まがりなりにもオレは客だぜ」
 そう言い返してイスに座ると、和弥はラーメンを注文した。
「だってよぉ。お前、ここんとこ毎日来てるじゃねーか。そんなに毎日毎日オレのラーメン食っててよく飽きねーなぁ」
 手慣れた様子でラーメンを作る裕太の手元を見ていた和弥は一瞬照れ臭そうな顔をして、それを隠すように怒鳴り返した。
「うるせー。てめーの腕がまだ未熟だから毎日味が違ってて、毎日食っても飽きねーんだよ」
 大人しそうな顔に似合わぬ乱暴な言葉遣いは幼馴染みの気安さか。
「なんだと?こら」
 ムッとした顔で裕太は和弥を睨み付ける。睨まれた和弥は、それでもここに毎日通っている本当の理由なんて言えないから気難しい顔をして言葉を取り繕った。
「もっとちゃんと修行しろよな。てめーの味ってのをちゃんと作れ」
「うるせー。はいよ、ラーメンお待ち」
 裕太はドンッと音を立て乱暴にラーメンを和弥の前に置く。
「お前なぁっ、もっと丁寧にやれよっ、丁寧に!」
 一言きっちり文句を返してから和弥はラーメンを食べはじめる。
 本当の理由なんて照れ臭くて言えるものか…。和弥はそう思っていた。自分より一足早く社会人になったこの大切な友人のことが心配で毎日通って来てしまうなんてこと言える筈がない。中学を良くサボっていた裕太が同じように仕事をサボってはいないか、客はちゃんと来ているのか、まさか客にケンカ売ってるんじゃ…とか、とにかく心配が尽きないので和弥は本当に毎日、日課のようにここに通って来てしまうのだった。
 だけど、そんなこと照れ臭くて言える筈がないのだ。どんな顔して言ったら良いのかわからないし、きっと聞いた裕太の方もどんな顔していいのかわからないに違いない。

「よ!裕太。ラーメンくれ」
 言えない言葉のかわりに和弥は裕太の屋台を繰り返し訪れる。
「へいへい」
 またもややって来た親友に少々呆れながらも裕太はラーメンを作る。
「お前、今ガッコ帰りか?」
 和弥の持っている参考書の束に目を走らせ裕太が尋ねた。中学時代、成績でダントツの最下位を突っ走っていた裕太と違い、和弥は成績優秀で今も市内でもかなりレベルの高い方である進学校に通っているのだ。成績もそんなだし、裕太はチビで和弥が長身なものだから中学時代は凸凹コンビと呼ばれていたものだ。
「いや…。テストが近いんで図書館寄って勉強してたんだ」
「ふーん。相変わらずのガリ勉か。コーコーセーも大変だなぁ。……へい、お待ち」
 和弥の目の前に置かれたラーメンどんぶりからはほかほかと湯気が上がり、美味しそうな匂いがする。
「いただきます。うん、うまい」
 ずるずるとラーメンを啜る和弥があんまり幸せそうな顔をしているので、裕太は少々居心地の悪さを感じる。しかし、無言でラーメンを啜る和弥の顔をじっと見ている訳にもいかないし、他に客もいないから手持ち無沙汰でやることもない。そこで、裕太は気を紛らわそうと口を開いた。
「なぁ、和弥」
「ん?」
「お前、そんなに律義に毎日来てくれなくたっていーんだぜ。うちだってちゃんと客来てんだからよ」
 和弥は自分の思いを見透かしたような裕太の言葉に少々動揺して、いきなりむせた。
「ゲホッ。グエッ」
「おいおい、大丈夫かよ?」
「お…おう」
 水をグイッと飲み干し何とか体裁を整え直して、和弥は頷いた。
「オレはただラーメン食いたいから来てるだけだぜ。だから止められても来る!」
 体制を整えてから吐かれた和弥の言葉に裕太は納得しない様子で、さらに話を続ける。
「だってよぉ。一日一杯で六百円だろ?一ヶ月だと、えーと…」
「一万八千円」
 簡単な計算にも詰まってしまう裕太に和弥はぼそりと助け船を出してやる。こんなことではちゃんとお釣りの計算が出来ているんだろうか。和弥はまた心配になってしまう。
「おう、そうだよ。お前はまだ親のスネかじってて小遣いだってそんなに多くねーんだろ?それにガリ勉やってちゃバイトなんかする暇ねーだろうし…。だから無理して来なくてもいーんだぜ?」
 何気ない顔をして来店していた和弥だったが、やっぱり裕太は気にしていたのだ。まだ客の少ない屋台だから和弥が毎日来てくれるのは確かにありがたかったけれども、それでは何だか和弥に悪いような気もしていたのだった。
「てめー、オレに来るなって言ってんのか?」
 凄みをきかせた口調で和弥が言う。もっとも、その凄みは自分の思いを隠そうとする照れ隠しにすぎなかったけれど。
「そうじゃねーけど…なんかよぉ」
 裕太のことが心配で心配で屋台に毎日通い詰めている自分の行動が逆に裕太に心配を与えているとあっては、どうしようもない。なんとかその心配を取り払おうと和弥は説明を始めた。
「オレ、昼飯代と飲み物代として親から毎日千円貰ってるんだ。だけど、学食で食うとランチは四百円ですむんだよ。で、飲み物もジュースとか買わねーでお茶ですませばただだろ?だから毎日六百円ずつばっちり浮いてるんだ」
「せこい手使ってんなぁ」
 和弥の説明に裕太は呆れた顔をしたが、ホッとした様子だった。
「うるせぇ。とにかくオレは毎日来るから、お前もちゃんと毎日店出せよな。勉強してると腹が減るんだよ。帰りにラーメンいっぱい食わないと夕食まで持たないんだからな」
 顔を真っ赤にして照れた口調で和弥は喚いた。
「おう…」
 頷いた裕太も頬が赤い。お互いに言葉に出さないが、どうやらお互いの気持ちを察したらしい。どうしようもない照れ臭さをごまかそうと裕太は無理矢理笑い出す。
「な…なに笑ってやがるんだ?」
 うろたえた様子で和弥が言った。
「だってよぉ。おめぇ、そんなにしてまでオレに貢ぎたい訳?」
 悪ガキみたいな笑顔で腹を抱えて裕太はコロコロと笑い転げる。
「はぁ?誰が貢いでるってぇ?」
「てめぇだ、てめぇ。昼飯代削ってまでオレに貢ぎてーんだろぉ?」
 ケタケタ笑い続ける裕太にほんの少しだけムッとして唇を尖らせる和弥もだんだん笑い出したい気持ちになって、裕太につられて笑い出す。
 美咲3丁目のガード下に明るい笑い声が響く。本人達にはどうやら自覚がなかったようだが、二人とも本当に良い笑顔で笑っていた。

「ラーメンくれや」
「てめー、また来やがったのかよ」
 毎日だいたい決まった時間に屋台を訪れる一番の常連客。その客が来る度に若い屋台店主は迷惑そうに喚くけれど、その顔はいつも綻んでいる。いつでも怒鳴り散らされている客の方もなんだかとても幸せそうな顔をしているのだ。
「おら、ラーメン出来たぞ」
「サンキュ」
 ラーメンどんぶりを受け取って幸せそうにラーメンを食べ始める和弥は気付いていなかったけれど、和弥のために作られるラーメンはいつでも大盛りサービスなのだ。
「裕太のラーメンはうまいよなぁ」
 和弥の口から時々出てくるそんな誉め言葉に真っ赤になったり、今日は味が悪いと文句を言われてやっぱり真っ赤になって怒ったりしながら、今日も裕太は屋台を開いている。

「らっしゃい」
 吹けば飛ぶよな屋台でも、そこは二人のパラダイス…。

【FIN】

1998.2.16 finished
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