ぬすめないたからもの


BY ゆうきゆうき


 オレ、天才怪盗ダーク・メイスとあいつ、ミラン・ミランの出会いは最悪だったと断言してもいい。
 出会ったのは盗みの現場だった。オレがず〜っと前から狙っていた至極の宝物『葉隠れの衣』をこともあろうに横から現れたあいつがかすめ取っていったのだ。  身につけた者の身体を隠すというその衣は、盗賊なら誰でも一度はあこがれたことのある宝物だ。それを狙ってオレが綿密に計画を立てていたところ、新米同然のミランが警備の連中に特攻して手に入れやがった。
 思えばミランは運が良かったのだ。その時、葉隠れの衣を狙ってオレが現れさえしなければ、あんな新米盗賊すぐにとっつかまっていたに違いない。ミランの無茶な盗みのとばっちりを思い切り食ったのはオレだ。厳重な警備網を一人でくい止めるハメになってしまったのだ。
 当然、オレは激怒しながらミランの後を追い、新米のあいつの逃亡ルートなんてたかがしれているからあっさり居場所を突き止めて葉隠れの衣を取り返そうとした。  ・・・取り返そうとしたんだけど、そこで大きな誤算があった。まさかこんなことになるとはオレも夢にも思わなかったんだが…どうやらオレはミランに惚れてしまったらしい。
 葉隠れの衣を持ったミランをオレは洞窟に追いつめた。盗みの現場ではしっかりと覆面で隠していた素顔。取り押さえて覆面を剥ぎ取るとミラン・ミランという女は、はっきり言ってオレの好みにぴったりだったのだ・・・。
 少し幼さの残る可愛らしい顔を引き立たせるのは気の強そうなブルーの瞳。身体つきはどちらかと言えばほっそりしたタイプで、サラサラと長い髪は綺麗な栗色だった。  結局・・・現在、オレは不本意ながらミランと組んで仕事をしている。すっかりやにさがってしまっているオレは自分で時々こう思う。漆黒の闇狼と呼ばれていたかの天才怪盗、ダーク・メイスは一体どこにいっちまったんだろうか・・・と。

「ん…」
 明け方、ふと不思議な気配を感じてオレは目を覚ます。静かな宿の部屋の中、ぼんやりしたまま眠い目を薄く開くと、横のベッドで眠っていた筈のミランが起き上がり、何かをじっと見つめていた。
 ミランの小さな両手の中にある何かは、とても綺麗な青い光を放っている。まるでミランの瞳の色のように青い光がミランの白い肌に映り込んでいた。その光を見て、オレはピンと来た。ミランが一体何を見ているのか思い当たったのだ。
「ミラン…それ、遠見(とおみ)の水晶だろ?」
 いきなり起きあがり声をかけると、ミランはびくりと身体を震わせ、小さな手で水晶を隠すように包み込んだ。
「遠くの光景を見ることができる遠見の水晶・・・か。ミラン、お前一体何見てたんだ?」
 本当は何も聞かなくったって、ミランが何を見ていたかなんてオレには簡単にわかる。
「何だっていいでしょ」
 オレを睨みながらミランの表情の奥底に見え隠れする悲しげな感情から全てがわかってしまうのだ。
 ミランが見ていたのは遠い故郷だ。盗賊に身を落としてしまった今となってはもう戻ることができない故郷。故郷にいる家族の姿だ。
 以前、酒の席で一度だけミランは故郷の話をした。盗賊になったのは故郷の家族のため。貧しい農村で生まれたミランは家族を救うために盗賊になったという。ミランはそう語って悲しそうに目を閉じたのだった。ミランは今でも時折、盗んだモノを換金した金を故郷に送っているらしい。
 どうせもう故郷に帰れないというのなら、せめてオレがミランの支えになってやりたい。オレがミランの本当の笑顔を取り戻してやりたい。しかし、そんなオレの思いはいつまで経っても通じやしないのだ。かたくななまでに心を閉ざしているミラン。一体オレはどうすればいいのだろう。
 うだうだ悩むなんてオレらしくないな。暗くなりかけた気分を変えるため、オレは軽い口調でミランに話を振った。
「オレがずーっと狙っていたのに盗めなかった遠見の水晶を、まさかお前が持ってたとはなぁ…」
 ミランの持つ水晶に触ろうとして手を伸ばすと、ミランは盗られまいとしてさらにしっかりと水晶を握り締める。
「別に盗りゃしねーよ。ちょっと見せろ」
 ミランの前に手を広げ、にっこり笑ってみせるとミランは警戒しながら、すごく嫌そうにオレの手のひらにポンと水晶を置いた。
「ふーん。思っていたよりもずっと綺麗だ。やっぱり手に入れたかったなぁ」
 水晶を眺めながら呟いたオレの言葉を聞いてミランは慌てたようにオレの手の中から水晶を奪い取る。
「バーカ。盗りゃしねーって言っただろ。オレはお前が大切にしてるものを盗ったりしねーよ」
「ふん。盗賊の言葉が信用できるもんですか」
 ミランは水晶を柔らかい布に包み、大事そうに懐にしまい込んだ。
「何いってんだか・・・。お前も盗賊だろ」
 クスリと笑ってオレはミランの顔を見た。
「なによ、もぉ」
 ふくれっ面したミランは案の定耳まで真っ赤になっている。ホント、わかりやすい反応をする奴だ。
「なぁ、ミラン。お前、他にどんなもの盗んだんだ?」
 その質問の源はふとした好奇心だ。オレは気が向くままミランに問いかける。
「水の指輪を知ってる?」
「もちろん。持ち主が望むままに水を吹き出す指輪だよな。おい、まさかあれもお前が持ってんのか?ちっくしょ〜。狙ってたのになぁ」
 新米新米とバカにしていたが…ミランの奴、オレが思っていたよりも腕の良い盗賊なのかもな。ま、天才怪盗のオレ、ダーク・メイス様にはかなわないとしてもそんじょそこらの盗賊にはひけはとらないのかもしれない。確かに…ミランと組んで仕事をするようになってから足を引っ張られた経験はほとんどない。
「今は持ってないわ。すぐに売り払ったから」
「そっか。もったいないなぁ。アレさえあれば野営の水探しをしなくてすむのによ」
 でも水の指輪ならきっとかなりの高額で売れたのだろう。あれを売ればお前の家族の1年分くらいの食い扶持は確保できたんだろうな。
「で、ダーク、あなたは何を盗んだの?」
 お。今度はミランの方が乗ってきた。今のミランってば…すっげ〜可愛い。オレも狙っていたという価値のある宝物を盗んだという自信と自慢が思い切り顔にあふれてる。それにオレが何を盗んだのか知りたいという純粋な好奇心が重なって、珍しくとても素直な気持ちになっているみたいだ。
「姿似の鏡。どんなものにも姿を変えられる鏡だけど、オレには必要なかったから売り飛ばした」
「なるほど。変装の名人のダークには姿を変える道具など必要無いというわけね」
「そういうこと。ミラン、他には?」
 いつの間にかオレ達は今までに何を盗んだかという話に夢中になっていた。改めて話してみると、オレとミランの狙いがとても似ていたことがわかった。オレが狙いをつけていた宝物をミランが幾つも盗んでいたし、ミランが狙っていた宝物をオレが幾つも盗っていた。ミランは自分が狙っていた宝物をオレが盗んでいたと聞く度に、何でもない振りをしながら、悔しさを噛み締めている。そんな様子がとても可愛らしくて、オレは嬉しくなる。
「あと…盗んだ訳じゃねーけど、カーミルの紋章も持っていたな」
「カーミルの紋章?カーミル家につらなる貴婦人しか持てない紋章でしょ?盗んだんじゃないならどうやって手に入れたのよ」
 ミランは不思議そうに首を傾げる。
「カーミル家の一族にあたるお屋敷に氷の剣を盗みに行ったことがあるんだ。そん時ちょっぴりドジ踏んで、危ないところを助けてくれたのがリリア・ミイア・カーミルっていうお嬢さんでさ」
 オレは上品で美しかったリリア嬢に思いを馳せる。今は一体どうしているんだろう。 「そのお嬢さんがどうやらオレに惚れたらしくって、氷の剣を盗み出す手伝いをしてくれた上にカーミルの紋章をくれたのさ」
 リリア嬢のことは結局一方的に利用しちまったんだけどな。あの子は綺麗だったけど、オレの好みじゃなかった。もしかしたら泣いてるかもしれないな。いろいろ思い出してオレは少しだけ目を閉じた。
「何やにさがった顔してんのよ?」
 オレを睨んでミランがちょっぴり不機嫌そうに言う。その不機嫌さの原因は、オレの都合のいいように、リリア嬢に対して嫉妬してくれてるんだって解釈させてもらうぜ。 「そうじゃねーよ。一番大切な宝物のことを考えてたんだ」
 その言葉で不機嫌だったミランの表情が一気に緩んだ。キラキラ瞳を輝かせオレを見ている顔はまるで好奇心一杯の子供の表情だ。くぅぅ、ホントに可愛いぜ。
「一番大切な宝物って何?いつ、どこで盗んだの?」
 水晶みたいにキラキラキラキラ…大きな目を輝かせてミランが問う。本当に子供みたいだ。普段の仏頂面からは想像もできないくらいに可愛いよなぁ。こんだけクオリティ高い面構えしてんだから、いつでも笑ってたら価値倍増なのによ。
「まだ完全に手に入れたって訳でもねーな。まだ当分手に入りそうにねーような気もしてる」
 オレの言葉にみるみるうちにミランの好奇心が膨れ上がっていくのが良くわかった。こういう時のミランは本当に見ててわかりやすいぜ。
「その宝物はどんなものなの?ダークがまだ手に入れていないと言うなら、隙を見て私が盗んでやるわ」
 お?ミランってば、もしかして狙っていた宝物をオレに盗まれたってことがそんなに悔しかったのかな。なんかむきになっててすっげ〜可愛いじゃん。
「無理だな。その宝物はお前には絶対盗めない」
「なんですって?」
 自尊心を傷付けられ不愉快そうにオレを見るミランの腕をつかまえて、オレはミランを抱き締めた。間髪入れず顔面にパンチが入る。痛みをこらえて必死で顔を取り繕う。しかめっ面じゃ似合わね〜セリフ吐かなきゃならねーからな。
「だってな、ミラン。オレが見付けた一番大切な宝物っていうのは…」
 真剣な表情で、これ以上ないくらいの愛しさを込めて、オレはミランに囁いた。
「お前のことなんだよ」
 その途端、ミランの頬がポッと赤く染まる。その上、もう一発顔面パンチ。痛みに顔をしかめ、唸るオレにミランは悪態をついた。
「バッカじゃない、あんた!」
「そうかもしれねーな」
 いろんなところから宝物という宝物を盗んだ末に、一番身近なところで一番大切なものを見付けるなんてな。
「でも、バカでもなんでもいいんだ。オレはお前を見付けたから。まだ今は完全にオレのものになってくれてないけど、オレはどんなことをしても欲しい宝物(お前)を手に入れるぜ」
 今まで手に入れたどんな宝物よりもミランは輝いているから。今までオレの周りにいたどんな女よりもミランが大切だから。
「オレは天才怪盗だからな」
 欲しいものを手に入れるためには手段は選ばない。それが天才怪盗ダーク・メイスのやり方だった。
「盗れるものなら盗ってみなさいよ。だけど、私、絶対にあんたのものなんかにはならないわ」
 自信たっぷりに言い放つミランだが、オレにも自信があった。
「なぁ、ミラン。お前の本当の名前…教えてくれよ」
「いいわ、それくらいだったら教えてあげる。ミラン・ダーナよ」
 ミラン・ダーナか。オレは胸の奥にその名を刻みつける。オレはお前のためならどんなことだってやってやるよ。だから、オレを好きになれ。
「ねぇ、ダークは?ダークの本当の名前って?」
「カイル。カイル・レドウィングだ」
 久しく名乗ることのなかった本当の名前を名乗り、オレはミランに微笑んだ。
「必ずお前を盗んでみせる」
 不敵な笑みを浮かべ、オレはミランに宣言した。天才怪盗ダーク・メイスは盗みに失敗したことが1度しかないんだぜ。その1度はお前が相手だったっけ。
 だけど、オレは必ずお前を手に入れてみせる。お前の心をすっかり盗んでしまうつもりだから、覚悟を決めて待っていな・・・。

【FIN】

1996.3.19 finished
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