I just need you


BY 如月星羅


「君さえ側にいてくれたなら、僕は何もいらない。君と未来が作れるなら、全てを捨ててもいい」
 僕は彼女に誓った。彼女は静かに微笑んだ。僕等が出会ってしまったのは偶然。でも、愛してしまったのはきっと必然。もう…僕も彼女もお互い無しでは生きられない。
「君以外のものは何も彼も失くしてしまっても構わない」
 自分の言葉通りに僕は全てを失った。天使の身でありながら、人間である彼女を愛してしまったために、僕は故郷である天国を、そして天使としての地位を捨てなければならなかった。
「僕は罰を受けなければならない身となった。もしかしたら、僕について来ることで君にも害が及ぶかもしれない。でも、君のことは僕が守る。必ず守るから…僕について来て欲しい」
 彼女は僕の言葉に頷き、それから、僕等の当てのない旅が始まった。
『月の守護天使が天を抜け出して以来、夜が来ても天空に月が輝かぬ。彼を捕らえて連れ戻せ』
 天の追手はどこまでも僕達二人を追い掛けて来る。
「捕まったらどうなるの?」
「多分、僕は記憶を消され、再び月の守護天使として天に昇ることになる」
「そんなの嫌。会えなくなるわ」
 僕は不安に震える彼女を抱き締めた。どこまで彼女と逃げることができるのだろう。夜になっても、天空に月は輝かない。星のみがキラめく夜空は僕の心を乱し、月の守護という大切な任務を思い出させる。天にいた頃は、あれほど大好きだった夜が、僕にとって苦手なものになった。
「見て。太陽が上るわ。とても綺麗ね」
 暖かい太陽の光と彼女の心だけが、今の僕の安らぎだ。不安を隠すことさえ出来なかった。どこにいても、執拗に僕を追い掛ける神の手を感じていた。
「どこまで君と行けるんだろう」
「どこまでも行けるわ。二人なら」
 今の僕を支えてくれているのは彼女の存在だけだ。彼女と一緒にいたい。彼女と未来を作りたい。彼女を守りたい。
「大丈夫?寒くない?」
「寒くなんかないわ。あなたがいるから」
 吐く息さえも凍りそうな極寒の地にいても、彼女は僕の隣で穏やかに笑う。百万年の時を越えた永久氷河さえも溶かすような暖かい笑顔。
 おそらく、地上の空気は確実に僕の命を蝕んでゆくだろう。天使としての永遠の命を僕は失うことになる。それでも構わない。僕は彼女と同じ限られた生を生きるのだ。彼女と一緒にいられるなら永遠の命なんていらない。
 僕が失くしてしまった全てのものより、きっと彼女の存在のほうが大きい。彼女は僕にとって何よりも大切なもの。だから…。
「君を守るよ。君を傷付けようとする全てのものから」
 苦手な夜の風が心を揺らしても、僕は天には戻らない。彼女の側にいたいから。
「愛してる。君を愛してる」
「愛してるわ」
 何が正しいかなんてもう分からない。僕が分かるのはただ一つだけ。僕には彼女が、そして彼女には僕が必要だということ。
「全てを犠牲にしても君の側にいるよ」
 捨ててきた天など恋しくない。彼女がいる場所。それが僕にとっての天国なのだ。
『何という荒々しい思い。もはや、天に連れ戻し、記憶を消したとしても、彼奴はかつての月の守護天使には戻らぬ。月の守護天使には他の者を探すしかあるまい』
 天の追跡は唐突に打ち切られた。その時、僕は完全な堕天使となり、天に戻る最後のチャンスを失った。僕はもう、どんなに望んだとしても、天国へ戻ることは出来ないのだ。
 それでも構わない。ここが僕の天国だから。天国で生まれ育った僕にとって、あまりにも荒々しい地上の世界。それでも彼女のいるこの世界が、今の僕にとって、掛け替えのない楽園なのだから…。

【FIN】

1991.11.21 finished
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