NEVER CRY FOR ME


BY 如月星羅


「痛ぇ…」
 降り頻る冷たい雨の中、俺は力なく天を仰いだ。脇腹に刺さった矢はどうやら致命傷にはならなかったらしい。だけど、この戦場からは、敵も味方もすでに退却してしまってようだ。このまま、ここに倒れていたら、体温はどんどん下がるし、失血で危ないかもしれない…。
『隼人、どうして行くの?戦をして何になるのよ』
 頭の中に、愛しい紫乃(しの)姫の声が響く。どうして行くのかって?俺みたいな武家の三男坊は、戦で手柄でもたてなけりゃ、紫乃みたいなお姫様を娶ることなんてできないのだ。だから、こうやって大っ嫌いな戦に出たというのに・・・。
「ちくしょーっ。風間隼人、一生の不覚だ」
 先陣切って名乗りを上げて、敵の右翼を引っ掻き回したまでは良かったが脇腹に矢の一撃を食らって、こんな所に倒れる羽目になるとは…。
「せっかく手柄をたてたのに、こんな所でぇ…っ」
 俺の母は紫乃姫の乳母だった。俺達は本当の兄妹のように育ち、そして、恋に落ちた。たとえ、身分違いでも、俺達は心から愛し合っていた。周りの連中は俺と紫乃との仲に、あまり賛成してはいなかったが、それでも、今度の戦で手柄をたてたら、紫乃との結婚を許してもらえることになっていた。
「くそっ。身体が動かない…」
 せっかく手柄をたてたのに、生きて帰れば紫乃との結婚を許されるのに…。このまま、ここで俺が死んだら、どれ程紫乃を悲しませることだろう。
『隼人、行っちゃ嫌。戦は嫌なの。大好きな兄様だって、戦へ行って帰ってこなかったわ。戦は私から大切な人を奪うの』
 とても泣き虫な紫乃。戦に出ようとした俺を泣きながら止めたお姫様。
『大丈夫だよ、紫乃。必ず手柄をたてて帰ってくるから』
 泣きじゃくる紫乃を必死で宥めると、紫乃は俺の小指に細い指を絡ませた。
『隼人、どうしても行くのなら、約束して。手柄なんてたてなくていいから必ず無事に帰ってくると…』
 ああ…だんだん気が遠くなってきた。紫乃…ごめん。約束、守れそうにないよ。でも、大好きだよ、紫乃。愛してる。君を俺の為に悲しませたくない。
 ああ、神よ。もしも、俺の願いをかなえてくれるのなら、大切なあの人が俺の為に泣かないですむように…泣かずにすむようにして下さい…。
『隼人、帰ってきて。神様、願いです。どうか隼人を無事に帰して下さい』
 不思議だ。しとしとと降り頻る雨の音が、紫乃の声に聞こえる。耳に優しく降る紫乃の涙声。泣くなよ、紫乃。俺の為に泣いたりするなよ。
『隼人ぉ。お願い、帰ってきて。帰ってきてよぉ』
 泣き虫の紫乃。昔から、泣き出したら、俺が宥めるまで泣き止まなかった・・・。
「泣かないでくれよ、紫乃」
 紫乃にそんなに泣かれたら、俺は…。
「隼人っ!大丈夫か!?」
 突然、紫乃の涙声をかき消したのは、兄の低く、太い声だった。
「兄者…。不覚をとった。矢傷が思ったより深くて、動けない…」
「喋るな、隼人」
 兄の手当てを受け、兄の馬で運ばれる。どうやら、まだ、神は俺を見放していなかったらしい。君の元へ帰るから、紫乃、もう泣かないで…。

 戦は見事に勝ち戦。俺の活躍が勝利を導いたと、皆が手柄を認めてくれた。意気揚々と凱旋した俺達、戦士を、城を守った女達が迎える。
「隼人!その傷は大丈夫なのっ!?」
 帰還する戦士達を眺めていた紫乃が俺の姿を見付け、駆け寄って来た。
「大手柄をたてたよ。結婚しよう」
「馬鹿っ。そんなことより、無事に帰って来てって言ったじゃない」
 紫乃の大きな瞳に涙が浮かぶ。俺は戦場で傷を負った。運良く助かったものの、あそこで意識を失っていたら、助からなかったらしい。俺を助けてくれたのは、ずっと耳に響いていた紫乃の泣き声。降り続けた紫乃の涙雨が、俺の為の泣き声が、遠のこうとしていた俺の意識を保ったのだ。
「ごめん、紫乃。ありがとう」
 俺は紫乃を抱き締める。
「でも、もう、二度と俺の為に泣かないで。俺は紫乃の為に帰って来たんだから。もう、二度と泣かなくていいよ。」

【FIN】

1992.7.28 finished
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