■ 大和但馬屋 日記 ■

■ 2002年 1月分

■ 1月1日 ■  あけおめ

 天気晴朗ナレドモ波高シ。海を渡って帰省。

 年越し準備として恒例行事の山仕事を一日こなし,テキメンに腰をイワす。一日遅れの餅つきは傍観するも,一臼分しゃしゃり出てますます腰をイワす。一歩も動けず年を越す。

 先が思いやられつつ,皆様今年もよろしくお願いいたします。


 せっかく三脚を用意したのに,腰は痛いわ夜は新聞が読めそうなほどの満月だわで,期待していた星空はまったく望めず。残念。

 F1ファンへの100の質問に何件か回答を寄せていただいたので反映させました。答えて下さった皆様,どうもありがとうございました。ひきつづき回答は募集中なのでぜひともよろしく。

■ 1月7日 ■  実質的再開

 休みも終わり。また日常に戻らなくては。

 それにしても,元旦で一年の計を立ってしまうのであれば今年も腰痛に苛まれることは確定ですか。年末年始は医者も開業してなかったし,やれやれである。


 岡山から戻った後の在阪中は毎日の様に誰かしらと会っていた。お相手して下さった皆様,どうもありがとうございます。縁あるかぎり,またよろしくお願いします。


 大阪帰省中に「鈴木裕GAME WORKS Vol.1」(アスペクト)なるムックを見つけて購入。本自体はきわめてどうでもよかったが,「スペースハリアー」「アウトラン」「アフターバーナー」「ハングオン」「パワードリフト」が収録されたDC用GD-ROMが目当て。つーても,「パワードリフト」以外は「シェンムー」に収録されていたものの焼き直しなんだが。ますます「シェンムーII」を遊ぶ理由がなくなったような。

 当然,「シェンムー」収録時から気になっていた「音楽がサッパリ再現されていない」という不満はそのまま。「アウトラン」の自車も改悪されたまんまだが,まぁ偽テスタロッサを使うわけにはいかない以上仕方がない。これらは(ハングオン以外)サターン版で遊べばすべての不満が解消されるワケなので,まぁ気にしないことにするとして,新たに収録された「パワードリフト」が問題。ていうか問題なし。

 音楽の再現もアーケードに忠実で,遊んだ感覚もまったく違和感がなかったので,たいへん満足している。これに関してはサターン版の出来が悪すぎたので,やっと欲しいものが手に入った感がある。つーかここまでできるなら他のタイトルもやりなおしてくれよ‥‥

 コストパフォーマンスとしては微妙なところだが,メガドライブの昔から「パワードリフト」の移植にさまざまな意味で泣かされてきた人には勧めていいんじゃないかと思う。

 それにしても,ガワに付いてきた本は(以下省略)


 東京に戻ったら,部屋の照明がチカチカするので秋葉原へ買い出しに。ついでに,溜まりに溜まってHDDを圧迫しつつあるデジカメのデータなどをなんとかすべくCD-RWドライブを購入。SCSIモデルながら9,800円とは‥‥ いつの間にやらどういう世の中だ,いったい。

 予算は大きく下回ったが,おたく的に食指が動くものも見つからなかったのでそれくらい。

■ 1月8日 ■  毎年恒例

 2回目にして恒例行事となりつつあるアレです。2001年のベストゲーム10個。

 去年のはココ。言い出しっぺはcandoさん,ただし今年の分はまだござらぬ様子(あからさまなプレッシャー)。その代わりMakoXさんがすでに日記でアップしていらっしゃる。


 さて,では昨年言及したゲームを挙げてみる。日記の話題別インデックスから抜粋。

 以上。思ったより少ないな。いくらなんでも,と思ったので日記をざっと流し読みして,言及のあったもののうち昨年の新作だけ抜き出してみる。

 こ,これだけかい‥‥

 もちろんこれら以外にも買って遊んでいるわけではあるが,そのなかでめぼしいものはと探してみても,「クレイジータクシー2」とか「機動戦士ガンダム外伝 コロニーの落ちた地で」とかくらいか。後者は新作じゃないが,それを言ったら上記リストにも古い作品は混ざってる。ここまでで拾わなかった作品は,とりあえず無条件で選外としておこう。


 では,これらの中から10作品を選び出すことにする。例によって,それぞれの優劣はつけない。

逆転裁判(GBA,CAPCOM)
プレイ時間と価格,そして推理モノADVの宿命としてのリプレイ性のなさなどから商品価値としては厳しい点もあろうが,とにかく遊んでいる間は楽しく,次の展開が待ち通しかった。いや,正確には法廷パートが楽しみで仕方なかった。
ゲーム的には捜査パートのアイテム取得によって法廷での展開が変わったりするとなお面白かっただろうが,シナリオの破綻や難易度の上昇を考えると致し方ないところか。
ともあれ,前例のないゲームだけに「こうすればもっと面白くなる」などと期待は膨らむ。安易な続編待望は自分のモットーではないが,このシステムはもっと昇華されていい。それが選ばれた理由。
クラブカート(AC,SEGA)
まずはレーシングカートをきちんと再現した志の高さを買いたい。そして,モチベーションを維持する手段としてのカードシステムも悪くない。
問題点は,とにかくプレイ料金が高いこと。設定にもよるが,初期の設定は1プレイ200円で1コースしか走れない。クラスごとに1シーズンを通しプレイするだけで数千円単位の金がかかるのはいただけない。せっかく面白いのに,この価格設定のためにプレイ人口が不当に少ない気がしてならない。「バーチャロン」なども似たようなものだと言われるかもしれないが,あの種の対戦ゲームは少なくとも勝ち抜いている間は料金がかからないのだ。1プレイ時間が少々長引いても,「パワードリフト」式のゲームオーバー(一定順位以下なら終了)を取り入れるなどして欲しかったものだ。
ゼルダの伝説・ふしぎの木の実 時空の章/大地の章(GBC,CAPCOM/NINTENDO)
確かに任天堂純正とはテイストが違う。謎解きにも詰めの甘い部分があるのは否めない。2本に分かれている分,1本ずつの密度の高さは同じGB用の「夢をみる島」に比べて劣るのは確かだ。
でも,ゼルダの新作としてマズかったかというと,そんなことはない。ゼルダというブランドに対する幻想に負けただけではなかろうか。「大地の章」の季節を操るアイデアは,任天堂純正にも劣らない秀逸なものだったと思う。もちろん,SFC版の表←→裏の行き来がそのソースではあるのだろうが。「夢をみる島」における「マリン萌え」や「泣き」の要素に相当するものがあれば,もっと評価も高かったかもしれないな。
ピクミン(NGC,Nintendo)
ピクミンたちを誤って死なせたときの罪悪感は,従来のゲームでも似たようなケースはあるはずなのに,今まで味わったことのないものだった。でも,最終ボスでは喰われることを前提に戦っていたり。人は戦いの前にはどこまでも冷酷になれるものなのか。そんなことはどーでもいい。
パズルとしての手応えがもう少しあれば文句はない。大水源ステージはあんなに面白いのに,パーツを集めるのはわりと簡単なんだよなぁ。
不思議のダンジョン 風来のシレンGB2 砂漠の魔城(GBC,CHUN SOFT)
やっぱりこのシリーズは携帯ハードがよく似合う。携帯ハードをゲーム機と認めない向きも,一度この組み合わせを体験して欲しい。その快楽から抜け出せなくなること必至。
ポケモンピンボール(GB,Nintendo)
20世紀の製品だが,あえて加え入れた。ピンボールゲームの基本をしっかり押さえつつ,ポケモンならではの収集要素がうまく取り入れられて,ゲームとしての寿命が長くなっている。収集に魅力を感じることができるなら,という前提付きではあるが。
そうでなくとも,長時間プレイを続けられるほど得点効率が上がっていく醍醐味は存分に味わえて,本当に気持ちがいい。各フィーチャーのバランスが非常によく取れている,ということだ。ピンボールゲームについて語るなら,ぜひ触っておくべきだと思う。
ル・マン24アワーズ(DC,SEGA)
プレイ時間で測るなら,これかシレンGB2が昨年のベストということになろう。世間的には「GT3」がベストなんだろうが,あいにくオレはハード未所有。故に比べてどうこうは言えないが,耐久レースの厳しさ面白さ,そしてサルテサーキットの雰囲気を味わうにはこれ以上のツールは今のところない。24時間モードで走り,夜明けの太陽に涙せよ。オレはまだ未経験だが。タイムアタックも燃えるっつーか,プレイ時間の大半はこれに費やした。まだまだ遊べそうである。
Rez(DC/PS2,SEGA)
結局のところ,このゲームは極めて'80年代的でありなおかつセガ的であるということだ。例えば「スペースハリアー」であり,例えば「アフターバーナー」である。単に3Dシューティングだから言っているわけではなくて,いずれもパターン性の強い,深みという点では大したことのないシューティングだということだ。
ただ,遊んでいる間はとにかく気持ちいい。そう思える人とそうでない人で評価が割れる。オレはセガの体感ゲームが好きだから,このゲームも許せてしまう。たぶんそういうことなんだろう。
ザナック×ザナック(PS,COMPILE)
新旧収められたうち,ほとんど旧作しか遊んでいないため,ここに入れるのもどうかとは考えたのだが,スコアランキングを目指してプレイするという経験を久しぶりにさせてもらったので入賞。やっぱりアツく燃えないとね。
ギガウイング2(DC,CAPCOM)
前半期は結構な時間をこれに費やしていた。覚えるべきポイントさえ押さえておけば,結構先に進める。何を覚えるかというと稼ぎ行為なわけだが,うまくすればするほど死ににくいシステムなので,相対的に「上手くなった」という感覚があるのが気持ちいい点だ。
そして,いくら点を稼いだところでそれ自体はプレイヤーにとって何のメリットにもならないところがまたよい。積極的に稼がなくては相対的にプレイヤーが不利になり,先にも進めないようなシューティングが幅を利かせるどころか市場的な幅さえなくしつつある昨今,この思い切りのよさには感心した。こういう進化の仕方もありだと思うのだ。

 というわけで,次点として「ルイージマンション」があるがランクインはならず。

 今年はわりとひとつのゲームにかけた時間が長かったように思う。PS2も持ってないわネットゲーもやらないわで,世間の風潮からはどんどん離れていくような気もしつつ,そんなこと別に今に始まったわけではないので気にしないことにする。

 なんというか,面白かったゲームを再レビューする機会としてこの企画はうまく機能していると思われるので,発起人様の選ぶゲームにも注目が集まるところでございます。

 というわけで以上。

■ 1月9日 ■  今日はF1方面の話

 スカパーのキッズステーションで旧作「ルパン三世」第一話「ルパンは燃えているか?」を放映していた。しまった,そうと知っていればビデオをスタンバっていたのに。

 何が特別といって,この第一話,いきなり扱っている題材がF1なのだ。'71年当時らしい「レース=危険な香り」というステロタイプな文脈ではあるが,ともかくその描写がカッコいい。実名で登場する“フェラリー”,ロータス,“タイレル”,マトラなどのマシンは考証も細かく,作画レベルも異常な高さ。終幕にはこれまたキッチリ描かれたルノー・アルピーヌまで登場し,クルマ好きには応えられない。ホンダF1の第一期活動はすでに終わったあとで,当時の日本でのF1認知がどれほどのものだったかはわからない。たぶん,当時からしてマニアック極まる映像だったのではないか。


 ルパンとF1といえば忘れてならないのがもうひとつ,「新ルパン三世」におけるエピソード。モナコGPを舞台に,ニキ・ラウダとルパンが死闘を繰り広げる話がある。こちらは考証としてはメチャクチャで,作画もそれほど良いわけではなかったが,個人的に忘れられない出来事がある。まだここの日記ではネタにしたことがないと思ったが,もしかして被っていたらゴメン。

 関西地区では,'80年代半ば頃の数年間,日曜日の正午から新旧ルパンの再放送を2本ずつ永久ループの様に流していた。だから,関西人の多くはルパンをあまり「懐かしい」とは思っていなかったりする。閑話休題。

 そんなある年('89年だったか)の日曜日,やっぱりその昼間にもルパンが放送されていて,その時の話が上記のモナコのエピソードだった。そして,その日は実際のF1においてもモナコGPの開催日だったと,まぁそれだけのことだ。が,その一事がいつまでも忘れることができない。


 そうそう,「レーシングオン特別編集 F1PLUS」の第4号が出ているが,過去の日本とF1の関わりをざっと眺めるには非常によい特集になっている。マキやコジマなどのコンストラクターや,F1を目指しながら散っていった風戸裕や高橋徹などなど,取り上げ方は少々薄いものの一読の価値はある。

 ホンダRA302に多くの誌面が割かれているのは誰の好みによるものか知らないが,なるほどこのマシンは造形的に極めて美しい。しかし,マシンとしては明らかに失敗作であることも確かで,レーシングアクシデントではなくその欠陥故にドライバーが命を落とすという悲劇を生んでいる。それゆえ模型化されることも恐らくなかろう。個人的には速くあり,勝ってこその美しさを尊びたいので,どうしても好きにはなれないマシンだが,資料的価値は高い。


 その「欠陥車」RA302で不幸にも命を落としたのがジョー・シュレッサーで,その甥のジャン・ルイ・シュレッサーが今年も優勝候補に目されていたダカールラリー。今がちょうど中間地点で,シュレッサーはとっくの昔に脱落している。

 首位争いは日本の三菱パジェロを駆る増岡浩と篠塚建次郎の一騎打ち。日本人ドライバーが1-2というのも珍しいことだが,ここは昨年シュレッサーに煮え湯を呑まされた増岡に勝ってもらって意趣返しとしたいものだ。昨年の不正行為と,タイム計測の杜撰さにはヨーロッパの悪意を感じてしまうほどだっただけに,有無を言わせぬ力で勝利をもぎとってほしい。

 なお,ダカールラリー初参加の片山右京は総合58位。とにかく,頑張れ。


 そういえば,すでにジャガーも新車を発表している。新車情報はこwww.f1-live.comあたりがよさげ。

 さあ,見た? 見たか? じゃあいっせいにツッコミを入れよう。

 せーの!

■ 1月14日 ■  ヲタネタ多し(いまさら)

 フェラーリやんけー! ってツッコミはまったくありませんでした。しょぼん。


 祝,増岡浩ダカールラリー制覇。昨年の屈辱をみごと晴らしてくれて,嬉しいかぎり。

 それはそれとして,三菱が上位寡占状態なのはさすがに興が乗らないので,そろそろ勢力図の書きかえなどが起きてほしいところではあるな。右京は完走できたんだろーか?


 みどう氏より面白いサイトの紹介。F1マシンのペーパークラフト。こういうのを見ると,プリンタが欲しくなりますな。

 そういえば,F1観始めた頃にケント紙でティレル019を作ったのを思い出した。あのハイノーズが作りたくて仕方なかったんだな。


 またぞろPowerBookに故障個所ができたので秋葉原のクイックガレージに行こうとしたが,なくなっていて焦る。仕方がないので復刻版「ファミコンミュージックVol.1」とDC用ビル爆破ゲーム「ボンバーヘッヘ」(FUJICOM),さらにDVDを2本ほど買って帰る。ぜんぜん「仕方がないので」と違いますかそーですか。

 家に帰って調べてみたら,潰れたわけじゃなく移転した模様。また出直すか,ちぇっ。致命的な故障でもないしな。


 ついでにゲーセンに寄って「斑鳩」(AC,TREASURE)をプレイ。なるほど,面白い。しかし,難しい。ちょっとばかし操作のレスポンスが鈍いように思えるのは気のせいだろうか。属性チェンジにかかるタイムラグとは別の意味で。

 例によって,反復プレイ必須のじわじわ覚えゲー。反復プレイしやすい環境にあればいいのだが,近所には入ってないしなぁ。安易にコンシューマ移植を求めたくはないが。

 しかし,事前に話題になったほどには客の付きはよくないようだ。まだ「式神の城」の方が人気がある。難しすぎるからだろーか?


 「でじこ」目当てに角川アニメ4本立てを観る。3本は満足したが,「あずまんが大王」スタッフだけは猛省すべし。開幕からエンドロールまでの5分間,何一つ良いところがない。世紀の駄作。

 浅草東映で「サクラ大戦」を観るというのはなかなか趣があってよろしい。映画館の並びが花やしきだし。ゲームはサターンの「花組対戦コラムス」しか遊んでないので,作品の背景は「知識で知ってる」レベルでしかないのだが。


 で,「ファミコンミュージックvol.1」を聴く。

 実はあまりこのアルバムには思い入れがない。もとがアーケード派だからってのもあるな。特に「ドンキーコング」「マリオブラザーズ」などはアーケードからは大幅にスペックダウンしてるのに,オリジナルが保存されずにファミコン版の音だけがこうして保存されてしまうことに対して遺憾に思う。あと,「バルーンファイト」のバルーントリップの曲が1ループ収録されてないのも不満だ。

 まぁ「スーパーマリオ」と「ゼルダの伝説」さえ入っていればいいという扱いなんだろうし,それはそれで間違っちゃいないのだが。

 それにしても,改めて聴けば聴くほど「スーパーマリオ」の曲はよくできているなぁ。


 まもなく「ファミコンミュージックvol.2」も復刻される。これについては今から不安でしかたがない。なぜなら,このアルバムはディスクシステムのゲームばかり収録されているのだが,ディスク音源独特の音色がまったく再現されていないのだ。ていうかすべてのゲームに同じ波形の変な音が使われて,気持ち悪いことこの上ない。

 当時「新・鬼ヶ島」聴きたさに喜んでLP盤を買ったのだが,あまりの音の違いに愕然としたことを覚えている。結局,ラジカセをテレビに繋いで録音するしかなかった。

 ぜひ録り直しを希望したいところだが,それでは復刻とは言わないしなぁ。アルバムの復刻はしなくてよいから,ゲームの音を復刻してくれー!

 ここを読んで下さっている「鬼ヶ島」関連会社の方,どーにかなりませんか(なりません)。


 お,キッズステーションの「NieA_7」で放送事故だ。番組が番組なんでそういうもんかと思ったら,「しばらくお待ちください」の画面が。こんなの見たの何年ぶりだろ? もう10年以上見たことないような。

■ 1月15日 ■  ビルバクハ

 何をしたか思い出せないほど何もしなかった。それじゃいかんと,辛うじて部屋を片づける。やっぱしアレだね,部屋の中にアンタッチャブルな部分を作ったらダメ。そこを起点に部屋全体がぐちゃぐちゃになってしまう。ペットボトルを放置して溜めたり,無造作に積み上げた本の間にコンビニ袋が挟まっていたりすると火種確実。


 火種といえば,ビル解体ゲーム「ボンバーヘッヘ」(DC,FUJICOM)をほんのサワリだけ試す。難しい。最初のビルさえ,まともに壊すことができないよ。

 ビルの構造とおのおのの柱の強度をもとに,最適な位置に爆弾を仕掛けて一気に爆破という,わりとまっとうなシミュレーションっぽいつくり。爆弾の種類,使える数,設置場所,さらには点火のタイミングまで,考えるべき要素は数多い。正直,どこをどうすればどうなるのかがわかりづらいために取っつきは悪い。操作性もイマイチなのがさらに良くない。試行錯誤もあまり報われないので,歯ごたえがありすぎる印象がある。

 何よりも,説明書には操作の説明しか書かれていないしゲーム本体にもチュートリアルのようなモードが用意されていないことが問題。失敗したあとに一言アドバイスらしきものは出るが,あまり役に立ってはいない。

 たぶん,うまくいったときのリプレイはさぞかし見ていて楽しいものになるのだろう。それを信じてあれこれ試行錯誤するしかなさそうだ。

 外壁全部吹っ飛ばしてもピクリとも動かないリプレイを空しく眺めつつ,そう心にだけは誓ってみる。このゲームはクリアするまで遊ばなくてはならないという,ある種の義務感があるゆえに。


 ずいぶん前に中古で買ったまま放置していた「ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド」(DC,SEGA)もようやく起動。一年近く前に買ったはいいが一度も本体に繋いだこともないキーボードがやっと活用される。

 アーケードでは初見で3面までは行った(しかしその後3面をクリアすることはなかった)ゲームだが,DCではボロボロ。

 後期モデルのスケルトンキーボードがやけに扱いにくいのが原因で,なまじノートPCのキーボードに似ているために普段使っているPowerBookのキーボードとのサイズの違いがネックになってしまう。標準的106キーボード似の初期モデルなら,アーケードと同じところまでは進めるはずなのだが‥‥

 ゲーム自体は面白いのに,このキーボードには慣れたくないという意識が邪魔をして残念。


 部屋を片づけながら,コンビニで売っていた'01年のF1総集編ビデオ(前半戦)を流し見。このビデオ,きわめてたいへんとってもオススメですぜ。

 これを観ると,地上波用にFOAが供給している「国際映像」がどれほどつまらないものかがよくわかる。カメラワークからしてまったく別物。車載映像も豊富で,ドライバーとピットの交信まで収録されているから,今になってわかるあんなことこんなことが盛りだくさんである。急いで後半戦の分も買ってこなくては。

 いやほんと,面白いからぜひ観てほしいなぁ。

■ 1月17日 ■  「宇宙船」風

 そろそろこれくらいのネタバレはいいかな,と思うので今年のゴジラ(GMK)でひとつだけ気にかかってしかたのないことを挙げておこう。今さらのようだが,いつか触れようとは思っていた。

 迫りくるゴジラに対すべく,日本各地の守護獣(バラゴン,モスラ,ギドラ)を目覚めさせる謎の老人(天本英世)が,主人公のトンデモ系番組レポーター(新山千春)相手にゴジラの正体について語る。

 「ゴジラは,太平洋戦争で命を散らした人々の残留思念の集合体なのだ」と。

 オレは,このセリフに萎えた。すべてをぶち壊されたような気がした。そこにひそむイデオロギーについて,ではない。映画が何かの色に染まっていること自体は,作品であるからには当たり前のことだ。

 何に萎えたかというと,「残留思念の集合体」という用語に対してだ。ヤマトの国を守る聖獣といった設定を持ち出して,まがりなりにも積み上げてきた大映の「大魔神」にも似た雰囲気が,「ザンリュウシネンのシュウゴウタイ」などという品のないおたく的センモンヨーゴによって台無しにされてしまったのだ。

 全体からみれば,たった一言の些細なセリフかもしれないが,この映画におけるゴジラのありかたを決める重要なセリフでもあったはずだ。ならばここにこそ,「やまとことば」を用いるべきではなかったか。

 平成ゴジラ(VSメガギラスまで含めてだ)に登場するような似非科学者や未来人などのセリフであれば,まったく違和感はなかったろう。あのへんはもはや下品な用語のオンパレードなので,もとより脚本に期待なんかしていない。しかし,今回のゴジラはそういうものではなかったはずだ。

 あのセリフを,三人いる脚本家の誰が担当したのかは知らないが,なぜ誰もダメを出さなかったのか? 映画そのものは気に入っているだけに,あのセリフだけがどうしても許せない。画龍点睛を欠くとはまさにこのことだ。奇しくも白目だけで瞳を持たない今回のゴジラだけに笑えない。

 DVD化されるときにはぜひ差し換えてほしいものだが,まぁあり得ないだろうな。

■ 1月18日 ■  爆弾hehehe.

 べつにツッコミがあったわけじゃないけど,1月17日の日記だから怪獣ネタを扱ったというわけではありません>昨日


 発売間近であの事件とか,延期後の発売直後に1月17日とかで,作品に罪はなくともやっぱり不謹慎な感じが拭えないdcの「ボンバーヘッヘ」だが,もちろん最初のビルは破壊した。

 そう,まさに倒壊させたではなくて破壊したと言うにふさわしい。火薬の量にまかせて木っ端みじんだ。そりゃ破壊率100%も達成しよーもんだが,なんか違う気がする。どうも美しくない。

 ぼーっとアドバタイズデモを見ていると,その最初のビルの模範的爆破シーンが流れる。まず下層の柱を壊してビルを傾けさせ,支えの突っ張りとなる柱を吹き飛ばしてあとは自壊に任せるのが正解のようだ。なるほど。


 それにしてもこのゲーム,どうも評価に困ってしまう。アイデアは面白いのだが,爆弾を仕掛けるフェイズと実際に爆破を行うフェイズが分離しすぎていて,いまひとつ遊んでいる感覚に乏しいのだ。たとえるならばやりなおしの利くドミノ倒しのようなもので,はたしてこれをゲームとよべるのか? 似た例はあまり思いつかないが,何年か前にpcで発売された「花火職人」だかなんだかが近いのではなかろうか。

 ゲームの醍醐味のひとつとして「その場の判断によって左右される展開」という要素が個人的にははずせない。もちろんこのゲームでもさまざまな判断は要求されるが,爆弾設置→結果表示→やりなおしという流れがキッチリ分かれすぎていて,判断の積み重ねによって先の展開を左右しているとはとても感じられない。単なる正解さがしと考えればそれはそれでかまわないのかもしれないが,だとすると「正解」にたどり着く解がわかりにくい。先にふれたように,火薬に任せてとりあえず吹っ飛ばせば条件は満たせるからだ。

 さすがにそれではマズいということで,なんとかゲーム性を与えようとする工夫はされている。使える火薬の総量にはかぎりがあって,あまりふんだんに使いすぎるとあとのステージで苦労することになるのだ。しかし,それを意識して火薬をケチらなくてはならないというのは,戦略的要素としてはあまり楽しくはない。駆け引きというにはやや稚拙だ。「いかに合理的に,美しくビルを壊すか」を目指すのがこのゲームにおける正解ということになるのだろうが,あまりにストイックな内容になってしまっている。つーか地味すぎる。

 きっと,わかってくれば面白いのだろう。もう少しわかるまでの取っかかりが欲しいところだ。

 PS2で発売予定の「ビルバク」では,このへんの問題にどう取り組んでいるのだろう? インターフェースはあきらかに違うようだが,ゲームとしての味付けはどうか。ちょっと気になるので,誰かレポートして下さい(人まかせ)。


 合間に流れる漫才のようなデモ(ていうかプロを使った漫才そのもの)は結構気に入っているんだけど,まあ一回見たらたくさんだな。

 ともあれ,ゲームに勝負とかを求めていなくて,じっくり試行錯誤するのが好きな人には,きっと面白いと思います。文句ばかり並べたが,もう少し頑張ってみよう。

■ 1月22日 ■  風邪よ光よ

 四神の壁画で有名な明日香村のキトラ古墳で,今度はタイガージョーの壁画が見つかったとか。

 こういうとき,新聞社のサイトにリンクしたいのだが日本の一般紙のサイトのニュースはすぐにデッドリンクになるのでやらない。新聞業界のリンクポリシーなどもふくめ,旧来の紙媒体のキトクケンエキを守ることばかり考えるその古くささをどうにかしてくれ。


 表題のごとく,風邪ひいた。

■ 1月23日 ■  100人<1000人

 きのうのキトラ古墳壁画に対し,「タイガージョーよりタイガーマスクの方がわかりやすいのではないか」というごもっともな指摘をいただいた。わかりやすいネタとわかりにくいネタがあって,どっちを選んでもかまわないような場合にわかりにくいほうを選ぶのがこのサイトの特徴であったり(そんなことはない,はず)。

 ていうか,タイガーマスクとグインのたとえは他でうんざりするほど見かけたっていうのが理由のひとつ。もうひとつは,表題の「風邪よ光よ」にひっかけたってことでご理解を(してもたいした意味はないが)。


 先週の「SPA!」でネット上の都市伝説を扱っていたので読んでみた。オレは全然知らなかったのだが,「100人の村」とかいうチェーンメールが世を席巻していたらしい。

 調べてみるとヘイ・ブルドッグでも取りあげられていたらしいのに,まったく気づかなかったよ。

 さて,この文がひろまった理由としては「9・11の事件のあと,希望を失いかけた人々のこころに触れる内容だったからだろう」という人がいる。ていうか件の記事はこの人の出版したをもとに取材されている。

 しかし,このメールの文,オレが読んだ感想は「気分悪い」。この文章を読むことのできる者に対して,「物質的に恵まれている」ゆえの優越感を抱かせ,それを肯定する内容でしかないじゃないか。

 ためしに,このメールのもとになった文を読んでみた。こちらはあくまで客観的データとして,世界人口を1000人の村に例えている。少なくとも読者をある陣営にくみいれて優越感なり劣等感なりを抱かせる内容ではない。

 そもそも100人とか1000人とかになぞらえるなら,はじめからパーセンテージで表せばすむのだ。それを読みものとしてうまくまとめたところが「1000人の村」の優れたところであり,さらにイメージしやすい人数にスケールダウンしたあげく,肝心の比率をまったくデタラメに改変した上でつまらぬ価値観を植え付けようとしているところに「100人の村」の醜悪さがある。

 ちゃんと見くらべれば一目瞭然。「100人の村」は悪意の産物だ。これを書きかえた人間は,けっして善意で内容を改変したわけではあるまい。それでなくして,チェーンメールになどなるものか。

 上記の本の著者の善意まで否定したいわけではない。が,先のamazon.comの紹介ページにも否定的な書評があり,その意見をもっともだとオレは思う。まして元の文との内容の差異を見れば,それがあながちヒネたものの見かたでないことがわかると思うのだが,いかがなものだろうか。


 気になるのは,「SPA!」の記事においても「100人の村」は「人の心を打つ内容」であることに疑いを抱いてない点だ。記事の重点が情報のひとり歩きに注意を投げかけるものだから,というより単に天声人語でこれを取りあげてしまった朝日新聞を揶揄するためだからなんだろうな。

 おっと,上まで書いてアップしたあと深井龍一郎さんのGigiGagaOurForceField Projectを覗いたら,同じ号の「SPA!」の別の特集をとりあげていらっしゃる。そのタイミングの微妙なズレかげんのシンクロ具合(矛盾した表現)に笑う。

■ 1月24日 ■  昨日の続き

 「タイガーセブンの方がさらにわかりにくくてよいのでは」というツッコミをいただいたが,さすがにわかりにくすぎて思いつきもしませなんだ。主題歌もサビ(っつーか「タイガーセーブーン〜〜〜」の部分だけ)しか覚えてないです,ハイ。

 さらに加速して豹マンとか<寅じゃないし


 人は物語を求める動物なのだな。たとえそれがウソに塗り固められたものであったとしても,事実よりも受け容れやすければそれでいいということなのだろうか。

 世界がもし100人の村だったらを書店で立ち読んだ。例のテキストを,一段落ごとに見開きページに対訳ともども配置しただけの薄い本で,ページをめくって読み進める感覚はどこかフォントいじり系日記を見るようだった。昨日は著者の善意うんぬんと書いたが,そもそも出所不明のテキストをそのまま本にしただけで,この著者はいったい何がしたかったのだろうかと思ったのが正直なところだ。

 この著者の池田香代子氏,「SPA!」のインタビューによると「このメールにとても感動して,気がついたら友人20人ぐらいに転送」し,すぐに「あ,チェーンメール流しちゃった」と気づいたとのことだが,その上で本まで出版してしまっているのだ。「SPA!」で紹介されている肩書きには「ドイツ文学翻訳家・口承文芸研究家」「民間伝承の研究者」とあるが,研究するに飽きたらず,自らも都市伝説を広める役を買って出てしまったようだ。

 本の後ろの方には,このチェーンメールの出自を推測するくだりもあったが,そのへんはあまりちゃんと目を通していない。ただ,少なくとも英語の原文を和訳した人がわかっていたり,そもそもの出典(1000人の村)が明らかになっている状況で,こんな根拠不明の記述の文章を「感動したから」という理由で出版してしまっていいのか?

 「SPA!」の記事にある「朝日新聞ほどの大メディアが何の疑いもなしにチェーンメールの記述を鵜呑みにして取り上げたのは,うかつだとしか言いようがあるまい」という記述は,残念ながらこの人にもあてはまるのではないか?


 根拠不明の記述,ということについてはZOEさんからはアジア人の人口比が減っているとツッコミをいただいたが,そもそも1000人の村にあったオセアニア地域が100人の村ではみごとに消滅している。アジアとオセアニアを(乱暴にも)まとめてアジア人の数が増えているなら,まだしも信憑性はあるところだが。1000人に6人ならば無視してもかまわないと?

 「同性愛者が11人」というのもどうなのか。ちょっと調べたところ,確かにアメリカでは人口の10%に達すると推定されているし,日本でも実はそのくらいになるのではないかと言われているから頭ごなしに数字を否定はできないものの,本当に世界人口の比として出してよい数字なのか? 世界人口に対する比率を調べようと思ったら,この100人の村のテキストにばかり行き当たるのでサッパリあてにならないのだ。どこかにきちんとした資料があるのだろうか?

 そもそも,なぜいきなり同性愛者のことが挿入されているのだろう。そこに悪意が潜んでないといえるのか。


 なお,もとの1000人の村の文章が統計的に正しいかどうかの裏はとっていない。が,少なくとも1000人の村には押しつけがましいところはないし,仮に事実と大幅に異なる数字があったとしても「ここが間違っている」と指摘すればすむ話で,べつに今その必要性を感じないからそんなことはしない。ただひたすら,元ネタを翻案する際に加えられた「世界の75%の人たちより裕福」だの「世界の30億人の人たちより恵まれています」だのといった比較対象すら曖昧な記述に嫌悪を感じている,それだけだ。

 「細かな数字の違いに揚げ足を取らず,この文の真意を読みとれ」などとどこかからツッコミが来ないうちに反論しておくが,それをいうなら先に挙げたような根拠不明の数字を弄する真意はどこにあると思うかと問いたい。擬似統計的な記述は,人をだますのに使われるきわめて基本的なテクニックなのだ。

 ZOEさんが日記で触れているとおり,その真意はアメリカの,白人の,キリスト教徒の,ネット接続できる者が裕福で幸せだと言っているにすぎない文章なのだ。 キリスト教的価値観で「隣人を愛せよ」と説くのは結構だが,そのためならこんなデタラメを許してしまえるものなのか。そもそも聖書が以下略。


 二日もかけて執拗にこんなことを書くのも不毛だとは思うが,善意と信じて疑われない悪意ってのは怖いよ。人は正しいと信じたことなら,どんなことだってできるんだから,ね。


 そうそう,昨日の日記に自己ツッコミ。「ちゃんと見くらべれば一目瞭然」っていったいなんだ?

■ 1月25日 ■  薬浸り

 風邪薬を倍量飲んでオーバードゥース状態。そうまでしてやらにゃならんことがあるのか。あるのだ。さすがに消耗を感じる今日この頃。つーかオレにゲームさせれ。


 グッ,ドラッグ。戦闘用製油期風邪。なんだこりゃ。

 「グッドラック 戦闘妖精・雪風」(神林長平/ハヤカワ文庫JA)読み中。やっぱり,雪風は文庫で読まなきゃ!<ヨワ

 分厚いわりにはサクサク読める。内容が軽いわけではないけれど文章は読みやすい。さすがは神林長平。読んだあと感想をかくかどうかはわからない。手に負えんかもしれん。

 えーと,過去に「雪風」に関して言及したことがあったような気もするが気のせいのようにも思える。あれ? ホントに思い出せないな。ガンダムとひっかけたような。あれれ? きっとジャムが仕掛けた妄想なのだそーなのだ。

 なんにせよまだ途中なので以上。

■ 1月25日 その2 ■  実験報告

 自転車で20km/hほどで走行中,前後共にフルブレーキングするとどうなるかという実験をしてみました。

 前のめりに一回転しました。


 アスファルト路面に顔から着地するとどうなるかという実験もあわせて行いました。

 2,3週間もすれば,男前の素顔が拝めると思います。以上。

 ‥‥

 ‥‥

 ‥‥

 ネタだったらどれだけいいか(笑

 それから,フェラーリIIはまったく無事のようです。まだ見てません。

■ 1月27日 ■  事後報告

 掲示板やメールで心配してくださった方々,どうもありがとうございます。

 なにが難儀かって,まともにモノを食べられないのがキツいですわ。エネルギーチャージ系のゼリー,プリン,ポタージュコンソメ中華などなどのスープ類,あとは粥のレトルトとか。どーも喰った気がせんわい。

 ま,これを機に体重が落ちればよいですな。

 あと,下唇が化膿してしまって鬱。薬が効いてるのか,痛みはまったくないけれど,ちょっと治るのが遅くなりそうでヤだなぁ。ま,こういうのは根気で勝負するしかないんで,ボチボチやります。

 つーか頭洗いてぇ!

■ 1月29日 ■  ブタ

 あ〜餃子喰いてぇ。ワンタンスープで我慢。


 先日luluさんから電話で仕込んでもらったネタをちょいと披露。

 NHKの大河ドラマ「利家とまつ」の中で,信長が「ブタもおだてれば木に登るというが‥‥」などと言ったそうな。ワタシは見ていないのだが,こりゃトンデモなセリフだなぁ。

 「ブタもおだてりゃ木に登る」の出典をいまさらいうまでもないとは思うが,これは「ヤッターマン」オリジナルで間違いないのでは?

 真偽を確かめるためにも,会社にある同名の本(笹川ひろし著)を読んでみるか‥‥


 あー,鼻の先にできたでっかいカサブタ剥がしてぇ。ブタだけに。

■ 1月30日 ■  お礼

 小夜ちゃんのは爆発します<それはお札


 dacさんshimaさんにはご自身の日記中にてお見舞いの言葉をいただきました。ありがとうございます。反応に困らせてしまってすみません。

 ていうかこういうときって,自分のなかで事態をどうのみこむかが難しかったりします。で,ネタとして消化してしまおうという心理がはたらいていたのやらなんとやら。ネタにできているうちはまだ幸せでしょう。本人としてはこれで2回目ということもあり,さほどの動揺はなかったりします。

 1回目('99年11月3日参照)はいろいろ堪えたもんですが,そのときの経験がいかされてますな。ていうか本来いかすべきもんではないですな,反省。

 周囲に与えた心配と迷惑を考えるに,3度目というのはさすがにナシにしたいところです。皆様もお気をつけくださいまし。

■ 1月31日 ■  21世紀就職事情?

 ぐおおおっ! 猛烈に頭がかゆい! 髪洗いてぇ!


 「モデルグラフィックス」2002年3月号におもしろすぎる記事が。なんでも「週刊現代」の「わが子に薦める『いい会社』ベスト50」なる記事に海洋堂がランクインしたとか。オレが親ならあえて子供にすすめたりはしないけどな。ってべつにひどい会社という意味ではなくてね。いやーしかし笑えるなぁ。

 「トップがリーダーシップを発揮していない会社(=若い社員に自由に任せてくれる会社)」というのがあまりに現実に即していないというmg誌のツッコミは,同誌にたびたび掲載される海洋堂重役の発言を読むかぎりそのとおりなのだろうと思うが,ネタ元とおなじツッコミを入れるのも野暮なので少々視点を変えて。

 海洋堂にかぎらず,この手の業界で企業としてやっていけているところに就職するのに,「貴社の社風と将来性に注目しました」的リクルート学生が向いていると本当に思うのか? すでに第一線で活躍している彼ら,たとえば海洋堂の名を一躍有名にしたチョコエッグ動物シリーズの原型師である松村しのぶ氏が,単に腕に覚えがあるからといって思いつきでチョコエッグを発案し,気のいい社長がゴーサインを出して大ヒットに結びついたのだとでも?

 長年にわたって氏が動物の造形を追究しつづけているのを模型誌などを通じて見知っているだけではあるが,それだけでも経済アナリストとやらのものの見かたがいかに浅薄なものかわかろうというものだ。つーかあんたら,単につい最近海洋堂という会社があることを知っただけとちゃうんかと。

 実際,あんな記事を読んでわが子の就職先を選ぶような親も親ならそれで就職活動を行う子も子だよな。就職したかったらまず手弁当でワンフェスの運営を手伝うとか,そういう縛りがあったら面白いかもしれない。そして思い知るのだ,自分が入ろうとしているのがどういう世界なのかと。ン万人のオタクを相手に仕事をするのがどういうことなのかと。などという煽りに「それがどうしたん?」と素で言えるような人間じゃないと,仕事してても面白くもなんともない世界だと思うけどなぁ。

 べつにオタク業界で仕事をするにはオタクでなければならないとは思わない。ただどんな意味であれ,そういうことを意に介さない資質を持ってないとダメなのはたしかだと思う。

 結局,(オタクでなくとも)向いてるヤツでなきゃやっていけない。それを知っていれば,うかつにわが子に薦めたいなんて思わないし,資質があれば親の薦めなんかがある前にそっちの道に進んでいるよな。そういうこと。

 まぁ,子供のいないオレがこんなこと言ってもしかたないんだけどさ。


 さて今週末はそのワンフェスだ。土曜日に唇を抜糸するらしいので,それがすんで調子がよければ覗いてみることにしよう。海胆海月くんにも会いたいしね。